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2013年5月13日 (月)

次にやってくる危機(その3:3Dプリンターがもたらすものは?)

 昨夜のNHK-TVでも放映していたが、いま3Dプリンターの登場でものづくりの世界が激変しつつあるようだ。私が大学に在籍していた当時から「立体造型機」という名称ですでに実験室レベルでは登場していたが、その後、その精度や応用範囲が飛躍的に向上して、いまや金型産業を脅かしつつあるらしい。アメリカや日本そしてドイツなどの先進工業国では、国家プロジェクトという意気込みで、この3Dプリンターに「ものづくり再生」の期待をかけているようだ。確かに3Dプリンターによって複雑で精度の高いパーツや金型の製造が飛躍的にやりやすくなるだろう。

 おそらくこの3Dプリンターを最初に開発した企業はその特許料だけでも莫大な利益を上げるだろうが、3Dプリンターはたちまち世界中の高度なものづくり産業に浸透していくだろう。3Dプリンター自体最初は高価な機器であり、導入の壁が高いかも知れないが、それもやがて3Dプリンターメーカー同士の競争によって価格が下がり、規模の小さな企業でも導入できるようになるだろう。

 そうなると、いままで特殊技能でしか作れなかったものが、3Dプリンターの扱い方を学んだ者にはだれでも作ることができるようになるのだ。その結果、皮肉にもそれは「神業的職人技」によって他国の技術に差を保てていた日本の中小企業を中心としたものづくりが危機に立たされるということを意味する。

 これはある意味で資本主義社会の必然ともいえる。というのは、資本主義的生産体制でのものづくりの世界においては、労働賃金が高く付く特殊技能労働者の存在が、常に剰余価値率(可変資本部分に対する剰余価値部分の比率)の増加を求めている資本にとっては、可変資本部分の削減を妨げる要因になっており、それはやがて必ず、「誰でも出来る労働内容」に置き換えられていく運命にあるからである。そうすることによって、その労働は、どこでも手に入れやすくなり、したがって安い労働賃金によって行えるようになるからだ。

 しかし、現代のものづくりにおいては、むしろその特殊技能的労働を一つの「付加価値の源泉」とみなして、逆に高価な商品の理由付けにするということが行われている。例えば"made in Japan"や"Japan quality"が高品質の代名詞とされ、日本製のカメラや時計などが高価な商品としての奢侈品的市場を形成している。

 おそらく3Dプリンターの製造企業への浸透は、やがて中国やアジア、中南米、アフリカなどへと拡散して行くことになり、労働力の安い国へ安い国へと、生産拠点が移っていく傾向には歯止めが掛からないと思われる。そしてそれらの国々で高品質の製品が出来るようになれば、"Made in Japan"のブランドは何ら高価である理由のないものになるかも知れないのである。

 新技術の登場が、旧技術を駆使してものづくりをしていた労働者たちを追放し、結局は安い労働力で賄われるようになっていくことで、ものづくりの現場で価値を創造し続けている労働者たちが常に使い捨てされ、新技術の恩恵は常に資本家が独占し続けていくことになる。

 こうしてものづくりの世界は、一方で激化する資本主義的な市場競争の中で資本によるものづくりの独占がもたらす矛盾の激化と同時に、他方では、ものづくり技術の「大衆化」を押し進めることにもなるのである。このものづくり技術の大衆化が持つ潜在的可能性については別の機会に述べることにしようと思う。

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