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2013年8月 8日 (木)

「戦争、知ったかぶりをやめないか」という奇妙な主張

 8月6日の朝日夕刊、「文芸批評」のページに社会学者古市憲寿氏の表題のような主張が載っていた。そもそもこの主張が全体として何を言わんとするのかいまひとつ分からないのであるが、古市氏の主張の要点はこうである。

 世界50箇所以上の戦争博物館を訪ね、取材してきた結果として、日本以外の国では戦争博物館の展示にその国の戦争観が色濃く表現されているが、日本では、写真などによる悲惨さは表現されているが、その歴史的意味はこうだという展示によるストーリーが感じられない。それはいろいろな政治的立場への配慮の結果、国として歴史をひとつに確定させたくないという意思の表れだと思う。それではいまから国の歴史を一つに確定すべきなのかといえば、それはもう「遅すぎる」。戦争体験の生々しさが残る終戦直後に記憶を残す試みをほとんどしてこなかったからだ。無理に戦争の記憶を一つに確定させようとしても根拠のない「暴走」になりかねない。世代にかかわらず、戦争をもう知らない人がほとんどであり、無理してあの戦争の記憶を肯定的に語ろうが、否定的に語ろうが、むなしいだけだ。しかし戦争を知らないということは決して悪いことではなく、むしろ70年近く平和でやってきた記憶は共有されているのだからそこから始めればよい。戦争を知らない者同士の方がうまくやっていけそうだ。
 これが古市氏の主張であるが、まず、言えることは、戦争の記憶は、「遅すぎる」などという問題ではなく、決して国家が一つに確定することなどできるものではないということだ。むしろそれは戦争の本質を何一つ語らぬことになるだろう。戦争とは一人一人が日々営む人生を国家という被せものによって覆いつくすことによって何の恨みもない他国の人々を殺し、自らも殺される立場に置かれることである。だから戦争の記憶はその戦争に国家の名のもとに引っ張り出された諸個人の記憶としてしかリアリティーを持ち得ない。そしてその諸個人の記憶はやがてその人たちが亡くなっていくに従って、消えていく。
 問題は、それを引き継ぐ世代が、どれだけ事実を正確に知ることができるようにするかであって、それはむしろ、冷厳なる事実として何のストーリー性もなく語られるべきなのではないか?
 私は戦争が終わった時、まだ5歳の子供であった。幸い私の家族からは戦争の直接の犠牲者はでなかった。私にとって戦争の記憶は空襲の怖さと食べるものの欠乏の恐怖くらいしか残っていない。
 しかし、私は数年前、初めて広島の原爆資料館を訪れ、そこに展示されてるものを見たとき、言いようのない冷厳な事実を目の前に見せられたという感じだった。特に、焼けただれ熱で歪んだ子供用の三輪車は衝撃的であった。そこにはただその三輪車がどういう場所で何時見つかったのかが書かれているだけで、他に何の説明もなかった。しかし、この何の説明もなく置かれた現物とそれが見いだされた状況記述だけの展示は、私にとってかえって広島の悲劇を雄弁に物語っていると感じられた。三輪車に乗って遊んでいたであろう子供は、原爆投下と同時に焼滅してしまったのだろうか。その他の展示も同様に事実を示すデータのみが記述されるだけであったが、それがかえって原爆投下直後の状況を何よりも雄弁に物語っていた。
 そしてもうひとつ、古市氏に言いたいことは、「戦争をしらない人々がしったかぶりをしてそれを語ろうとするよりも、しらないことを認めるほうがうまくやっていける」とする主張に対して、戦争を知らないことをそれでよしとするのではなく、戦争を知ろうとするエネルギーに変えることこそ必要なのではないかといいたい。
 冷厳なる事実としての戦争の記録から真実を読み取り、それが歴史においてどのような意味を持つのかを自分自身で考え、しったかぶりの主張に対して、そこに含まれる虚偽を批判し、次世代社会で同じ過ちを繰り返さないための認識を培うことこそが必要であることも忘れないでほしい。

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コメント

野口さん、今晩は。高木さん、今晩は。

戦争を知らない、かつ知ったかぶりもしない。となると一体この人はどうなるんだろう。なぜ知ったかぶりができるのだろう。いや知ったかぶりの必要をどうして感じたのだろう。そしてその知ったかぶりを止める必要がどうして生じたのだろう。単に知らないことが分かったこととどう違うのだろうか。

今も昔も戦争話や戦争映画を見たことも読んだことも聞いたこともない人はいないだろう。古市若者頭先生も世界のなんやらを見て多少は知っているのだが、何を知ったか自信がないらしい。

私は、二つのコメントで話をしたい。
一つは、タイの英国兵士の墓地である。と同時に、日本兵士の墓地のことである。タイ人がどのようにこれらの墓地を維持しているか、どのような話を聞くことができるかである。前者は整然として維持され、後者は見すぼらしい。タイ人がいかに日本兵の管理下にある収容所から英国兵士の脱走を助けたかの話が聞ける。大脱走のタイ版は成功率が高かった。ドイツ収容所の映画とは一味ちがう。人はこうも戦う。裏クワイ川マーチである。

もう一つは、バウハウスである。デザインの講義はグロピウスのデザイン学校のことを抜きには始まらない。だが、ナスチにより、ユダヤ人とされた多くの教授達が追放され、その幕が閉じた。

ナチスの戦争が始まった。なぜユダヤ人なのか。おじいさんがユダヤ人なら、その孫はユダヤ人とされれば、多くが該当するだろう。ナチスの狂気がどうしてこのような戦争に繋がったのかを知らなくては戦争を知ることはできない。

古市先生もなんやらを見たが、この点への言及ができなければ、知ったかぶりもなにもあったもんではない。生太郎と同じ。(麻が抜けたが、直したくもない。) 選挙の結果は、ナチスと共産党が大躍進をしたことに始まる。ドイツ君主制下の地主と資本家連中が共産党の躍進を恐れたことから、これらの者らが、ナチスに加担し、共産党排除を許したことが、結局ナチスの横暴とその戦争に繋がった。共産党を破壊した後には人種差別以外にはなにも戦う相手がおらず、世界の資本から見れば、資本の自由の束縛以外のなにものでもない。スターリン ロシアが資本主義の敵として存在したこともナチスの横暴を利用する面があり、大きな戦争になった。日本の三国同盟もあり、ドイツが中東の油田地帯の占領を日本に打診したことは、アメリカ・英国の燃料を奪う作戦として知られている。

戦争は資本主義社会の資本の競争の側面として現れかつ利用される。武器生産、エネルギー生産の儲けが大きな狙いだが、それだけでは済まされず、その特殊商品の存在が必然的に伴い、その必要性主張の行き着く所に狂気と戦争がある。今回の参院選では共産党の躍進があったとはいえ、まだ脅威はない。だが、共産党が第二党になれば、維新の会はナチス的な存在となりうる。戦争の狂気が待っていないとは言えないのだ。この感覚は古市某先生には及びも付かない感覚なのであろう。教育破壊がこうも進展したのだから。

そしてそのなかで、様々な人が人を救出する。

投稿: mizz | 2013年8月10日 (土) 23時15分

おっしゃるとおりです!
やはりちゃんと良識のある方は、あのコラムを読んで同じことを感じておられたと知り、安心しました。

私も自分のブログに稚文を載せていますので、もしよろしかったらご参照いただけたら幸いです。
http://resolutely.blog6.fc2.com/blog-entry-672.html

単に「若き社会学者」で、そこそこのイケメン(?)かもしれませんが、彼のような「知らない人の方がもう圧倒的に多いんだから、あえてほじくりださなくてもいいじゃん。それって悪いことですか?」みたいな価値観が彼よりも若い人たちに支持され浸透していくことに多いなる危惧を感じます。

少なくとも渋谷の街にそういう若者がいてもしかたないですが、東大大学院に在籍する社会学書と名乗るのなら、もうちょっとちゃんと社会に目を向けるべきでしょう。

なお私のブログ記事をフェイスブックにもリンクで貼っておいたところ、記事を掲載してからわずか2日の間に、たくさんの方からフェイスブックにコメントをいただきました。

投稿: 高木章 | 2013年8月10日 (土) 01時02分

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