« 「市場化される日本社会」を巡って(その1) | トップページ | 「市場化される日本社会」を巡って(その3) »

2013年10月11日 (金)

「市場化される日本社会」を巡って(その2)

 岩波の評論誌「世界」が特集した「市場化される日本社会」で着目した二つの評論のうち、前回では堤未果氏の「株式会社化する国家」について述べた。今回は神野直彦氏の「市場を民主主義の制御のもとへ」についてを述べる。

 神野氏は、第二次大戦後の30年を「黄金の30年」ともいえる福祉国家の時代と捉え、「そこでは経済成長という社会目標は、市場原理にもとづく経済システムと、民主主義にもとづく政治システムとが、クルマの両輪にならなければ達成できないと考えられていた。つまり、福祉国家の時代とは市場原理による所得配分を、政治システムが再配分して修正すればするほど、経済成長が実現するという<経済成長と再配分の幸福な結婚>の時代だったのである」と捉えている。しかし、やがてその経済成長が化石燃料などに代表されるエネルギーの過剰消費とそれによる資源の枯渇という問題に直面し、「成長の限界」が指摘されるようになった。そこに「市場を唯一の神として崇め、所得再分配を根底から否定して経済成長をただひたすら追及すれば<成長の限界>は克服できるという新自由主義が」登場したとする。そして神野氏は「新自由主義は、唯一の神である市場を、民主主義にもとづく政府が制御してはならないと叫ぶ。新自由主義の教義では国家つまり政治システムは、市場原理を拡大していく装置であって、目指すべきは<再配分なき成長>であると唱えられる。貧困問題も市場に委ねさえすれば、富裕者の富がトリックル・ダウンして、富裕者の負担を求めずして解消される、と得意満面で語られたのである」とし、しかし実際には、<再配分なき成長>が進展するにつれて、格差と貧困を生み、自然破壊による自然の自己再生力をも奪うことになってきた、と批判し、そこに<成長の限界>に代わって登場したのが<持続可能性>という概念であると言う。そして神野氏は、「持続可能性とは自然の自己再生力を持続させることを意味する、しかし、(中略)人間の生存は自然の自己再生力と、人間社会の自己再生力とによって支えられている」のであるとし、これを「新自由主義は、人間の生存は市場を信じ、経済成長を達成することによって可能になるのだと言い換えようとする」と批判する。
 神野氏は、「確かに、市場社会では人間の生存に必要な生産物は市場原理によって生産される。(中略)市場社会とは人間が創造主ではない土地に代表される自然、内なる自然ともいうべき労働、さらには迂回生産である資本(??)という生産要素を取引する要素市場が存在する社会なのである」と捉えている。そしてさらに「要素市場の取引とは、生産活動の別名である。土地、労働、資本という生産要素が生みだす要素サービスを取引する要素市場が誕生したということは、生産活動が市場原理で営まれる社会が成立したことを意味する」として、それが「近代社会」なのだと捉える。そして、市場原理では購買力に応じて生産物が分配されるが、実際には、幼児や老人などの購買力のない労働人口外の人々をも生存させなければならないのであり、そこに家族という共同体による「分かち合い」の原理が必要であって、共生意識によって支えられる共同体が必要になってくる、として財政社会学でのモデルを挙げる。
 そのモデルは、世の中を構成する「社会システム(共同体)」「経済システム(市場)」「政治システム(国家)」という3つのシステムを頂点とする三角形の関係を想定し、経済システムは社会システムに必要なものを供給するが、同時に社会システムを浸食することになるため(なぜ?)、政治システムが経済システムを制御するとともに、社会システムに補完を与えるという図式で捉えようというものである。
 神野氏は、「近代社会」においては、この社会システムが、市場原理によって浸食され、コミュニティー内での相互扶助や共同作業による生活保障機能が急速に衰退し、社会システムの持続性が失われてきたために、それに代わる社会保障制度が必要になってきたと捉えている。そして新自由主義の市場主義に対して、市場を社会全体の構成要素の一つに過ぎないと位置づけ、社会の構成員の共同意思決定のもとに市場を制御していく道を選ぶべきであると主張し、民主主義が市場を制御してゆける状態をつくらねばならないと主張する。そして「自然発生的な秩序は市場ではなく、共同体という社会システムである。共同体に抱かれると、自然の自己再生力と社会の自己再生力との調和のもとで、人間の生存が保証される」という。そして「人間の欲求には所有欲求と存在欲求があり、前者は経済システムで充足され「物の豊かさ」を感じさせ、後者は社会システムで充足され、「心の豊かさ」を感じさせる、と結んでいる。
 この神野氏の現状認識とそれにもとづく主張は、いま「リベラル派」といわれる人たちの典型的なタイプと思われる。その中で用いられるタームは例えば「市場社会」とか「要素市場」など、マルクスの資本論を斜め読みして得た知識をもとにして作られたと思われるタームが垣間見られる。しかし、ここには「資本主義経済体制」という言葉は一度も現れないし、「資本」の意味も生産要素と同義語でしか用いられておらず、資本論でのタームとそれが示す内容はむしろ意図的に避けられ、歪曲されている。つまり、自分の見解はイデオロギー的に「「色つき」ではないということを暗に示したかったのではないだろうか?
 単刀直入に言って、「民主主義」で「市場システム」が制御できるなら、それはとっくに実現されているはずである。神野氏のいう「黄金の30年」における福祉国家のモデルですら、それは制御できなかったといえるだろうし、むしろだからこそ、それが破綻して、「新自由主義」に舞台を譲らねばならなくなったのではないか?
 福祉国家モデルが登場したのは、それが一方で社会主義圏の登場という歴史的事実のもとで労働者への福祉を建前とした政策を導入せざるをえなかったという事情があり、それが資本主義経済体制のもとで蓄積した過剰資本を労働者の生活資料生産や軍需生産によって処理する体制として一時期成功していたからであろう。そのため必然的に、それは際限ない消費や無駄を生みだし、自然環境の破壊や資源の枯渇という「成長の限界」をうみだすことになったといえる。しかもそこでの「民主主義」は、資本が生産過程を支配する状態を前提としてそこでの資本家と労働者という階級関係を完全に無視してみな同じ「個人」や「市民」として捉えようとする「資本家的民主主義」であり、それは資本家的自由(市場の無政府性)を前提とし、本質的に市場を制御できない構造になっている。
 フリードマンらによる「新自由主義」は、かつてアダム・スミスが唱えた「市場放任主義(レッセフェーレ)」の思想が、19世紀末頃から徐々に脆性破壊が始まり、1930年代に至って完全に破綻し、その後、社会主義国家の登場を横目で見ながら新たに導入されたケインズ型資本主義体制での政府主導型経済が、一時期<経済成長と再配分の幸福な結婚>の時代を築いたかに見えたが、1970年代になってそれが再び破綻したことによって登場したものであるといえるだろう。
 もっと言えば、「新自由主義」はすでに100年も前に破綻したアダムスミスのレッセフェールを再現しようとすることで、最初からその破綻を生んだ本質的原因を抱えたままなのであって、再び破綻することが約束されているようなものである。
 だから、いまはむしろケインズ型資本主義経済体制を基礎とした福祉国家モデルがなぜ破綻したのかが問題なのである。
 この問題は大変重要であり大きな問題であり、ここで詳細に述べることは無理なので別の機会に述べることにするが、敢えて簡単に言えば、ケインズ型資本主義体制も結局は社会を支える生産に必要な生産手段を資本家の個人(法人)所有に委ね、それを利殖行為の手段とする資本主義市場経済の体制を基礎にしているかぎり、本質的に無政府的な市場での資本家たちの「自由」競争のもとに置かれる賃労働とそこからの剰余価値の搾取という資本主義体制の核心は変わらず、つねに生産手段を持たない労働者の存在が必要となるということである。いくら、株式会社システムを用いれば、労働者であろうとも「自由に起業」できる、として資本主義社会が機会平等な無階級社会であるかのように主張しても、そこにはつねに絶対多数の人々が賃労働者の立場に置かれている状態が前提されているのである。
 ケインズ型資本主義体制の特徴は、「経済システム(資本主義市場)」を制御する「政治システム(国家)」が、中立的立場のように見えても実は、「総資本」の立場を代表しており、総資本の立場で個別資本間の矛盾を調整するにすぎない存在なのであることだ。総資本にとって、労働者階級の存在は富の源泉として必須である。だからこそ資本家たちの私欲をある程度おさえても、労働者たちを搾取可能な状態で生存し続けさせ、そして階級闘争に走らないように「社会システム」を維持しなければならないのである。
 (以下次回に続く)

|

« 「市場化される日本社会」を巡って(その1) | トップページ | 「市場化される日本社会」を巡って(その3) »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/210651/58361161

この記事へのトラックバック一覧です: 「市場化される日本社会」を巡って(その2):

« 「市場化される日本社会」を巡って(その1) | トップページ | 「市場化される日本社会」を巡って(その3) »