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2013年11月 9日 (土)

資本論とデザインを結ぶキーポイント(mizzさんのコメントに関連して)

 「グッドデザイン(Gマーク)展2013を観て」という私の前回のブログにmizzさんからコメントを頂いた。

 資本論23章のこのくだりは重要なもので、たしかに、この辺りの事実が正しく理解されていないことが、いまの社会の最も危機的な状況を暗示しているように思えます。
 まず第1に、いまの資本主義社会では、資本家と労働者の関係が「雇用者である経営者と従業員である被雇用者」として基本的には対等で自由な市民どうしの関係という印象をほとんどの人たちが持たされているということですね。たしかに誰でもなろうと思えば努力次第で(?)資本家になれるし、資本家もウカウカしていると資本家どうしの競争に負けて労働者にされてしまうという意味では「自由な市民」なのかもしれません。
 しかし、実際には、そのように資本家と労働者が入れ替わりながらも、つねに社会的に必要な生産が資本の維持増殖のための手段とされてしまうことによる「モノ」と「ヒト」との逆転関係が成り立っており、その階級関係(階級的メカニズム)が常に維持されるように出来ているのが資本主義社会の特徴ですね。
 第2に、その「モノ」と「ヒト」との逆転関係を維持させているのが、直接生産的労働を行う労働者の能力が、買い取られた労働力として資本の一形態としてみなされ、その労働から生みだされた生産物がすべて資本家的経営者の所有物として扱われる。そしてその一部を、市場を通じて、労働者の賃金と引き換えに労働者に買い戻させ、消費させることで、労働力を維持させている。つまり労働賃金は資本家が獲得する労働力をその生活において維持させるために必要な労働力維持費として、前貸しされた可変資本部分に過ぎないという事実を、あたかも労働者が資本家から得る「所得」であるかのように見せかけている。そのため、あたかも、社会の生産を担っている資本家的経営者が、労働の等価的対価を労働者に支払い、資本家の「経営努力」によって得た利益は、ほとんどが会社の維持と社会のために支出され、残った一部が資本家の維持のために用いられているかのように見えるという事実ですね。そのような幻想(支配階級的イデオロギー)に基づいて、事実とは逆に、資本家が「生産者」であり、労働者は「消費者」であるかのような社会常識がまかり通っているということですね。
 第3に、そのような資本主義社会の基本的階級関係を基礎にして、成り立っている現代資本主義社会の分業形態の一つであるデザイナーという職業が、あたかも「生産者」と「消費者」の間をとりもつ社会的役割を果たしているかのように思い込んでいる人たちが多いということですね。
 そのため、デザインという現代資本主義社会特有の社会的分業が、労働過程の現代社会的な疎外形態の一つであることに気付かず、あたかも普遍的な生活文化の形成者や文明の旗手のように思い込まされているという事実。そして、その幻想ゆえにデザイン労働の本当の姿を見失わされ、経済成長のためには消費拡大が必須であって、そのためにはデザインによる付加価値の増大が必要だ、という間違った「常識」がまかり通り、問題の真の解決への考察が疎外されてしまっているという事実。これに気付くことこそ、いま、われわれに課されている最も重要な課題なのではないでしょうか?

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