« 2013年7月28日 - 2013年8月3日 | トップページ | 2013年8月11日 - 2013年8月17日 »

2013年8月4日 - 2013年8月10日

2013年8月10日 (土)

ヴィクトール・オレコフとエドワード・スノーデン

 昨日のNHK BS-TVで2009年にフランスで制作されたあるドキュメンタリー番組を観た。旧ソ連時代のKGB職員ヴィクトール・オレコフの話である。彼は、ソ連時代のKGBで国と党のために働いていたが、情報収集のため反体制運動を行っているグループのリーダー格の人物モロゾフと接触し、その考えを聞くうちに、次第に当時のソ連の一党独裁体制の社会が行っている抑圧的政策に疑問を持ち始め、自由を求める反体制派の主張に共感するようになった。

 やがて、KGB職員としての地位を利用して反体制グループ側にKGBの内部情報を漏らすようになった。それは緊張に充ちた日々であったがオレコフの決意は固かった。そしてやがてKGB当局から二重スパイとして追及され、逮捕されて、8年間強制収容所で服役した。反体制派のモロゾフも収容所送りになったが、やがて自らの命を絶った。やがてオレコフも刑を終えてモスクワに戻った時にはすでにソ連は崩壊し、ロシア共和国の時代になっていた。
 しかし、そこでも旧KGBは名前を変えて存在し、帰郷したオレコフは彼らの監視下に置かれた。やがて旧KGBから暗殺されそうだという情報があり、彼はその情報提供者であったアメリカ大使館に逃れ、アメリカに亡命した。しかし、「自由の国」アメリカでの生活でも彼は決して幸福ではなかった。つねに孤独で閉鎖的生活を余儀なくされ、やがて世間から姿を消していった。
 このドキュメンタリーを観て、私はすぐアメリカのCIA職員エドワード・スノーデンのことを思い起こした。彼は、CIA内部で情報収集を担当しており、そこでテロ対策と称して一般市民を含む多くの個人情報が収集され、監視されている事実を曝き、アメリカから逃亡した。そしていまロシアに滞在し、ロシアはアメリカからの引き渡し要求に応ぜず、両国間の関係が悪化している。
 アメリカではスノーデンを「国家への反逆」と見る人々と「勇気ある行為」として評価する人々に二分されているようだ。
 もとKGB職員であったロシアのプーチン大統領は、この両方の事件をどう考えているのであろうか?
 オレコフが求めていた「自由」とは何だったのか?そしてスノーデンが求めている「個人の権利」とは何なのか?いまアメリカがその中心であると考えられている「自由と人権」が持つ矛盾と、ロシアが「自由」を看板としつつも旧ソ連から暗黙の内に引き継いだ強権的抑圧機構の持つ意味をじっくり考えてみる必要があるようだ。
 ここでそのすべてについて語り尽くすことはできないので、一つだけ取り上げておこう。それは自由な市民とその生活を守るために必要であるとされる社会秩序維持機構の問題である。アメリカでは2001.9.11以来、テロリストへの警戒から情報収集管理への傾斜が大きくなった。そしてあのイラクへの攻撃、アフガンでのタリバン掃討作戦などが展開され、いまやアメリカはテロとの戦いの泥沼に入っている。
 ロシアでもプーチンへの強権批判やイスラム系国民からの反発に対する社会秩序維持機構による情報収集と管理が浸透している。
 日本でも安倍政権が目論む憲法改定に当たって、国家秩序維持のために個人の活動を規制できる内容を盛り込もうとしている。
 しかし、いずれの場合も、なぜ反体制運動が起き、それが国家権力に対して脅威になるのか、そしてまたなぜテロがおきるのか、といった本質的疑問はほとんど問題にされない。
 「自由と人権」は、ある特定の社会体制が永遠に続くことを前提としているわけではないだろう。社会体制は「選挙」によって変えられるというのだろうが、選挙による多数決は、つねにそのときの支配体制による支配的イデオロギーの側が圧倒的有利な立場で行われる。社会体制の矛盾に気付くのはつねに少数派であり、そこから社会変革は始まる。そしてそのとき、こうした少数派の意見は「社会秩序を乱す危険な思想」として扱われ、犯罪行為と見なされることが多い。
 この問題を深めることなしに、社会秩序を維持することだけが先行すれば、どうなるか、すでに多くの過去および現在の歴史的事実が物語っているではないか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

コメントありがとうございました

 前回のブログ「戦争、知ったかぶりをやめないか、という奇妙な主張」に対して、高木章さんからコメントを頂いた。早速高木さんのブログを読ませて頂いた。そして私より遙かに若い世代の人たちにもこういう意見を持たれている方が(おそらくかなりの比率で)居られることを知って少し安心しました。

 高木さんのおっしゃる通り、いろいろな意見を持った人たちがいるのは当然ですが、東大大学院修了という学歴を看板にしてマスコミに取り上げられる新進の社会学者がこういう意見を前面に出すことには疑問を感じざるを得ませんし、これを取り上げる朝日新聞の態度にも疑問を感じます。
 ある意味であの戦争はまだ続いているのだと私は思っています。それは何世代にも渡って続く、戦争への反省なのだと思います。戦争を知らない世代の人たちは、父母や祖父母の時代にあった戦争のことなどあまり興味がなく、現実の生活の中で起きるさまざまな事柄にしか関心がないのも当然かも知れません。しかし、現在の私たちの存在は、意識しようとしまいと過去の歴史の結果であり、いま私たちは歴史的事実の蓄積の中にいるのだと思います。
 この過去の結果としての現在からどんな未来を構築するかを考えなければならないわけですが、それはいかようにも考えることができます。しかし歴史的過去を事実として背負うがゆえに、その重さゆえに、それを出発点とした未来への希望もその歴史的事実を糧とした重さを持つべきだと思います。歴史的過去を無視した「未来への希望」などというものはたとえそれを「文化」として構築し得たとしても、「軽チャー」と呼ばれるような代物に過ぎないと思います。そこではまた過去と同じ過ちが繰り返し生まれることになるでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年8月 8日 (木)

「戦争、知ったかぶりをやめないか」という奇妙な主張

 8月6日の朝日夕刊、「文芸批評」のページに社会学者古市憲寿氏の表題のような主張が載っていた。そもそもこの主張が全体として何を言わんとするのかいまひとつ分からないのであるが、古市氏の主張の要点はこうである。

 世界50箇所以上の戦争博物館を訪ね、取材してきた結果として、日本以外の国では戦争博物館の展示にその国の戦争観が色濃く表現されているが、日本では、写真などによる悲惨さは表現されているが、その歴史的意味はこうだという展示によるストーリーが感じられない。それはいろいろな政治的立場への配慮の結果、国として歴史をひとつに確定させたくないという意思の表れだと思う。それではいまから国の歴史を一つに確定すべきなのかといえば、それはもう「遅すぎる」。戦争体験の生々しさが残る終戦直後に記憶を残す試みをほとんどしてこなかったからだ。無理に戦争の記憶を一つに確定させようとしても根拠のない「暴走」になりかねない。世代にかかわらず、戦争をもう知らない人がほとんどであり、無理してあの戦争の記憶を肯定的に語ろうが、否定的に語ろうが、むなしいだけだ。しかし戦争を知らないということは決して悪いことではなく、むしろ70年近く平和でやってきた記憶は共有されているのだからそこから始めればよい。戦争を知らない者同士の方がうまくやっていけそうだ。
 これが古市氏の主張であるが、まず、言えることは、戦争の記憶は、「遅すぎる」などという問題ではなく、決して国家が一つに確定することなどできるものではないということだ。むしろそれは戦争の本質を何一つ語らぬことになるだろう。戦争とは一人一人が日々営む人生を国家という被せものによって覆いつくすことによって何の恨みもない他国の人々を殺し、自らも殺される立場に置かれることである。だから戦争の記憶はその戦争に国家の名のもとに引っ張り出された諸個人の記憶としてしかリアリティーを持ち得ない。そしてその諸個人の記憶はやがてその人たちが亡くなっていくに従って、消えていく。
 問題は、それを引き継ぐ世代が、どれだけ事実を正確に知ることができるようにするかであって、それはむしろ、冷厳なる事実として何のストーリー性もなく語られるべきなのではないか?
 私は戦争が終わった時、まだ5歳の子供であった。幸い私の家族からは戦争の直接の犠牲者はでなかった。私にとって戦争の記憶は空襲の怖さと食べるものの欠乏の恐怖くらいしか残っていない。
 しかし、私は数年前、初めて広島の原爆資料館を訪れ、そこに展示されてるものを見たとき、言いようのない冷厳な事実を目の前に見せられたという感じだった。特に、焼けただれ熱で歪んだ子供用の三輪車は衝撃的であった。そこにはただその三輪車がどういう場所で何時見つかったのかが書かれているだけで、他に何の説明もなかった。しかし、この何の説明もなく置かれた現物とそれが見いだされた状況記述だけの展示は、私にとってかえって広島の悲劇を雄弁に物語っていると感じられた。三輪車に乗って遊んでいたであろう子供は、原爆投下と同時に焼滅してしまったのだろうか。その他の展示も同様に事実を示すデータのみが記述されるだけであったが、それがかえって原爆投下直後の状況を何よりも雄弁に物語っていた。
 そしてもうひとつ、古市氏に言いたいことは、「戦争をしらない人々がしったかぶりをしてそれを語ろうとするよりも、しらないことを認めるほうがうまくやっていける」とする主張に対して、戦争を知らないことをそれでよしとするのではなく、戦争を知ろうとするエネルギーに変えることこそ必要なのではないかといいたい。
 冷厳なる事実としての戦争の記録から真実を読み取り、それが歴史においてどのような意味を持つのかを自分自身で考え、しったかぶりの主張に対して、そこに含まれる虚偽を批判し、次世代社会で同じ過ちを繰り返さないための認識を培うことこそが必要であることも忘れないでほしい。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2013年7月28日 - 2013年8月3日 | トップページ | 2013年8月11日 - 2013年8月17日 »