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2013年8月18日 - 2013年8月24日

2013年8月23日 (金)

渡辺京二さんの「生きづらい世を生きる」を読んで

 今朝の朝日新聞「オピニオン」欄に渡辺京二さんへのインタビュー記事が載っていた。渡辺さんは「近代をどう超えるか」、「逝きし世の面影」などの著書を通じて、日本の近代化以前、特に幕末頃の世相や人々のいきざまを描いている。私は残念ながらまだ渡辺さんの本をちゃんと読んだことがないが、この80才を超える老評論家の思いにある種の共感を覚えた。

 渡辺さんは、明治初期に東大に招聘された外人教師モースが「日本に貧乏人はいるが貧困は存在しない」と言った言葉を引き合いに出して、「江戸には膨大な数の貧乏人がいたんですよ。でも彼らはそれぞれ居場所を持っていた」と、そして粗末な長屋に住んでキセルのヤニ取りを生業にして生活する人の例を挙げ、彼らが食事のときには美しい食器を使っているのを見て外国人がその美意識に驚いたという史実を挙げた。地固め工事でのヨイトマケもまず歌から仕事を始める姿に外国人が驚いたそうだ。
 当時西欧ではすでに社会の資本主義化が進み、働く人々は資本家のもとで賃労働者となり、合理化、効率化という資本主義的精神のもとで近代化が進んでいた。西欧人から見ると、古きよき時代の欧州も持っていた前近代的社会の良さが江戸の町人たちの生活に見いだされたのだろう。こうした江戸の人々の生活から私たちが近代化で失ったものの大きさ、豊かさを初めて実感できる、と渡辺さんは言う。
 そして「いくら江戸時代がいいといっても当時の平均寿命はいまの半分以下だったんだぞ、という批判があります。でもその前提にある「寿命は長ければ長いほどいい」という価値観が、すでに近代の発想なんです。人は時代に考えを左右される。その思考枠に揺さぶりをかけ、いまの社会のありようを相対視したかったのです。」と言う。その通りだと思う。
 さらに渡辺さんは「(資本主義社会では)あらゆる意味づけが解体され、人が生きる意味、根拠まで見失って、ニヒリズムに直面している。だから合理的に働き、合理的に稼ぎ、合理的にモノを買って遊ぶ。(中略)遊ぶために稼ぐ。それが人生だと。でも人はいつまでもは満足できない。そのうち空しくなる」そして「(そうなったのは)根本的には高度資本主義の止めどもない深化があると思います。基礎的な共同社会を、資本主義は根っこから破壊してしまうんですよ。(中略)共同社会では無償で支え合ってきたものを、資本主義社会は商品化してしまう。(中略)資本主義は一人一人を徹底的に切り離して消費者にする。その方がお金を使いますから。生きる上でのあらゆる必要を商品化し、依存させ巨大なシステムに成長してきたのです」と。これもまったくその通りと思う。
 そして朝日の記者が「でも私たちはそれによって経済的繁栄を手に入れたはずです」と突っ込むと「その通りです。何よりも貧しさを克服した。人類は長い間、衣食住の面で基本的な生活を確保できず、初めて手に入れたのが近代ですから。しかし近代は人間を幸せにすることには失敗した。(中略)想像もつかなかったほどの生産能力をすでにもっている。高度消費社会を支える科学技術、合理的な社会設計、商品の自由な流通。すべてが実現し、生活水準は充分に上がって、近代はその行程をほぼ歩み終えたと言っていい。まだ経済成長が必要ですか。経済にとらわれていることが、私たちの苦しみの根源なのではありませんか。人は何を求めて生きるのか、何を幸せとしてして生きる生きものなのか考え直す時期なのです。」まったくその通りだと私も思う。
 そしてどう生きるべきかについて、渡辺さんはこう主張する「就職難で「僕は社会から必要とされていない」と感じる若者がいるらしいね。でも人は社会から認められ、許されて生きるものではない。そもそも社会なんて矛盾だらけで、そんな立派なものじゃない。社会がどうあろうと、自分は生きたいし生きてみせる、という意地を持ってほしいなあ。」
 ここで私はちょっと首をひねりたくなる。結局、渡辺さんは、この資本主義社会の矛盾の中で、個人の生き方や倫理観を変えることでそれを乗り切ろうというのだろうか?それが出来ないのがいまの資本主義社会システムの深刻さなのではないのか?
 渡辺さんは、かつて共産党員だったが、ハンガリー事件(1956年)でソ連の戦車が街頭で民衆に砲口を向けた時点で党とはさっぱり切れたのだそうだ。「人は何か大きな存在、意義あるものにつながりたくなります。ただ下手をするとナチズムや共産主義のように、ある大義のために人間を犠牲にしてしまう危険がある。その失敗は歴史がすでに証明しています。」という。そうなのか?私はこれには同意できない。
 資本主義社会のメカニズムの中で、モノ同様な存在としてバラバラに切り離され疎外される労働者の現実に直面し、なぜそうなったのか、どうその矛盾を克服して行けばよいのかと問いかけ、本来あるべき「類的存在」という視点からとらえ直そうとしたマルクスの共産主義思想には「大義」とか「人間を犠牲にしてしまう」組織やシステムなどという視点はまったくなかったし、その正反対の人間観が彼の共産主義思想を支えていたという事実を渡辺さんはなぜ顧みないのか?
 なぜソ連の戦車が街頭で民衆に砲口を向けた時点で、そのことに気付かなかったのか?もともとナチズムのような「ある大義のために人間を犠牲にしてしまう」組織とはまったく反対の考え方であった共産主義思想を、そのような形に変えてしまったのはいったい誰なのか? 渡辺さんは結局いまの社会の「思考枠」の中でしか未来社会を考えられていないのではないのか? 私にはそう思えた。
 

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2013年8月19日 (月)

「新富裕層と国家」を観て

 昨夜のNHK-TVで放映された「新富裕層と国家」という番組を観た。ここでいう「新富裕層」とは、最近株の売買や投資などによって巨万の富を築いた人々のことであり、彼らが税金逃れのため、税率の低い国々(いわゆるタックス・ヘイブン)へ移住し、そこでカネ儲けに励んでいる実情の報告であった。

 新富裕層を生みだした母国では、高額納税者が減少し、税収が少なくなっている。そのため、社会保障などのために必要な国家的財源が逼迫し、国内での増税に踏み切らざるを得なくなっているのである。一方タックス・ヘイブンの国々は、税率を下げることで、富裕層を招き入れ、彼らが落とすカネでその国の経済を潤そう(トリックル・ダウン)というわけである。

 まったく腹立たしいことである。新富裕層の多くは、自室に何台ものパソコンを置き、そこに映し出されるさまざまな金融データを睨みながら、株の売り買いをしている。カネ儲けゲームに疲れるとイタリア製の超高級スポーツカーで街に繰り出し富裕層同士の贅沢三昧の会合に顔を出す。そこでも話題はカネ儲けの話である。
 こうして世界にだぶつくカネを右から左に動かすだけで巨万の富を稼ぐ連中の私的利益を護るために、もともとそれらの富を生みだした労働者階級が苦しい生活からさらに消費税などという形で税を払わなければ国家の財政が立ちゆかないのである。こうしてますます格差が拡大する。
 これに対して、富裕層に逃げられつつある国々では、所得税率の引き上げを実施しようとするが、そこで富裕層から激しい抵抗を受ける。彼らはこう言う「なにもしないで怠けている連中のために、こうして毎日一生懸命働いて儲けている人々がカネを払うことになるような増税は絶対に反対である」と。
 彼らのいう「なにもしないで怠けている連中」とは、例えば、安い労働力を求めて海外に生産拠点を移す資本家が増え、国内での雇用が減少して、失業させられた人々である。そういう人々が生きていけなくなって生活保護などをたよりに生活している状態を「怠けてなにもしない」と言っているのだ。
 そして、もともとそうした労働者たちが、雇用者である資本家のもとでの過酷な労働の結果として生みだした富を、まずその雇用者である資本家が吸い上げ、市場競争で過剰となった資本をさらに金融資本が吸い上げ、利益を獲得すべく回転させる中で、世界中の「カネ儲けの才」がある連中がこの流動過剰資本を奪い合っているのである。彼らは一日中パソコンを睨みながら株の売り買いゲームをすることで、多くの労働者の血と汗の結晶である財貨を右から左に動かして莫大な差益を売ることが「一生懸命働く」ことだと勘違いしている。
 いまこうした状態を抑えるために世界の富裕層を生みだした国々の政府が結託して所得税などの差を減らそうという動きが出ているらしい。しかし、この動きはそれらの政府が本質的に総資本代表政府であるかぎり成功しないであろう。アメリカがその典型例である。オバマの富裕層増税提案は共和党などの富裕層代表政党から猛烈な反発を受け、挫折した。
 アベノミクスも、消費税を上げないかぎり、社会保障財源が確保できないという前提に立っている。いくらインフレ金融政策をとっても、それによって大きな利益を獲得した企業が海外での生産に投資するので国内での雇用は増えず、儲かったカネは結局幾重にも重なる税金逃れのメカニズムの中で流動資本化し、国内には落ちてこないだろう。つまり「トリックル・ダウン」は幻想に過ぎないことが明らかになりつつある。
 世界人口のおそらく90%以上である労働者階級はいま、そうした富裕層の不当な私欲への怒りをためつつある。それがいつ、どのような形で爆発するかは分からないがいずれ爆発することは間違いないだろう。

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