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2013年9月29日 - 2013年10月5日

2013年10月 3日 (木)

橋本努氏と稲葉剛氏の「消費税批判」を巡って

 10月2日の朝日新聞朝刊「耕論」で、表記二人がそれぞれの立場から安倍消費税増税を批判しているが、その内容が対象的なのでおもしろい。

 まず北海道大学教授の橋本氏であるが、その主張は、今回の消費税3%増税では財政赤字は防げず、何のための増税なのか思想が明確でないと批判する。安倍政権は、従来の新自由主義のような「小さな政府」下による自由競争に任せる(例えば小泉政権のように)という形ではなく、リーマンショック以来の世界的傾向として、国が借金して経済や福祉にカネをつぎ込むことを容認した新たな新自由主義の流れの一つであり、「北欧型新自由主義」に近いとする。そこでは金融をできるだけ自由化し、所得税の累進課税のような政府による裁量幅が大きい制度よりも全員に一律の高い消費税を課し、それを教育の機会均等や労働環境の整備などといった機会平等の実現のために回すという方法を採る。しかし、安倍政権では、財政健全化のための「規律」はあっても拘束力のある「ルール」がなく、相変わらず国が借金漬けになることから回避できないし、北欧型新自由主義のような「機会の実質的平等化」の思想が欠けている、と批判するのである。
 一方、自立生活サポートセンター「もやい」理事長の稲葉氏は、次のように安倍消費税を批判する。安倍首相は「消費税は社会保障を充実させるため」といいつつ、一方で生活保護基準を引き下げ、年金をカットしている。1990年頃の路上生活者のほとんどは、高度成長期に出稼ぎに来てバブル崩壊で仕事と住まいを失った50〜60代の人たちであったが、2000年代になると、若年層が目立つようになる。(小泉政権が促進させた)非正規雇用で働くが収入が少ないので居場所を転々とするワーキングプアーたちである。そして2008年にはリーマンショックで失業者があふれ日比谷に「派遣村」が現れた。民主党政権時代の初期には、所得が少なく生活が苦しい人たちの割合を示す「相対的貧困率」が公表され、「ナショナル・ミニマム」問題の議論が始まった。しかし、民主党政権が崩壊して安倍政権になってからは、いったん社会問題として取り上げられた貧困問題が、再び個人の問題として戻されようとしている。安倍政権の社会保障は基本的に家族の支え合いと企業による福祉が中心であって、例えば生活保護で扶養義務を強めようとしている。しかし家族と企業に頼った社会保障は、長引く不況の中では企業に余裕もなく家族の生き方も変わってきている現在では現実的でない。非正規雇用の割合が増え、将来的には低年金・無年金の高齢者が増えるのは必至なのに最低保障年金を導入しないでどうする気なのか。
 安倍政権の、デフレから抜け出せばすべてに困難が解決するかのような考え方は間違っている。富者が富めば、貧者にも富が浸透するという「トリックルダウン」の虚構はすでに小泉政権の時代にウソであることが明らかになっている。貧困から命を救うという観点からは景気の動向よりも社会保障が機能しているかどうかの方が遙かに重要だ。
 現実とかけ離れた安倍政権に、「国を信じていないが上手にだまされるならいい」という現実逃避的空気が日本に蔓延しているように思う。消費税であれ、社会保障や労働政策であれ、政府はこう言うが、事実は違うと突きつけることが必要だ。
 
 さて、この二人の消費税批判を見ると、橋本氏は大学教授というアカデミックな高見からしか問題を見ていないため、安倍政権への批判はきわめて甘く、教科書的で、むしろ安倍首相の政策を補完する政府経済顧問的な考え方であるといえる。
 それに比べて稲葉氏の批判は、現実をしっかり踏まえた鋭い内容である。その中でも、「国を信じていないが上手にだまされるならいい」という現実逃避的空気が日本に蔓延しているという指摘は、正にその通りと思う。
 経済がいわゆる「デフレ」になっている原因がどこにあるかを考えるだけでも、アベノミクスの「景気回復のためのインフレ政策」の間違いが見えてくる。
 グローバル資本同士の過当競争が過熱するいま、企業は安い労働力を求めて海外に進出し、国内の雇用は減っていく。労働者の労働力を食って生きている資本家企業にとって、労働力商品が買い手市場である国内では、安い労働賃金で働きいつでも首に出来る労働者を雇用することが過剰な市場競争の中で生き残るための原則なのであろう。そして政府もそのことを知っているが、それを世の中に公言すればたちまち政権の座を落ちることになるので、「経済活性化特区」などというものでごまかしている。実際には企業が上げる利益はほとんどすべてその過剰な市場競争に勝つために使われ、その利益のもととなる価値を生みだした労働者たちには決して還ってこない。
 「デフレ」からの脱却をねらって「異次元の金融緩和」で日銀からばらまかれたマネーは、貨幣の実質的価値をさげ、物価を高騰させながら、資本の回転を速めることで、それを右から左に動かす金融資本を中心に企業が「根無し草的利益」を獲得していくことで、一見経済が活性化したように見える。いわゆるバブルである。しかしこの「活性化」をもたらすマネーは結局すべて資本家同士の競争に勝つための資金や投資・投機でぼろ儲けをする富裕層のふところに入ることになり、ひたすら厳しい労働の中で社会を支えている労働者たちには落ちてこない。落ちてくるとすれば、富裕層のリッチな生活や娯楽に奉仕するような業種の雇用が創出されるくらいであろう。また、たとえ一般労働者の賃金が上がったとしても、生活資料の値上げ分に相当する位のものであろう。だから労働者たちは相変わらず不安定でカツカツの生活を余儀なくされ、将来が見えない自分の人生の今後のために生活防衛をせざるを得なくなっている。そこへ消費税の増税である。
 しかし、もしこの日銀から市場にバラまかれた莫大なマネーがすべて労働者の生活や社会保障のために計画的に用いられていれば、消費税など増税する必要はなくなるはずだ。「経済が活性化して企業が競争に勝って利益をあげれば、やがて賃金も上がり、消費も拡大して、経済の好循環が生まれる」などという嘘っぱちにごまかされないようにしよう。彼らは決して現実を見ようとしていないのだ。

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2013年9月30日 (月)

労働者の犠牲で資本家を護ろうとする安倍政権の本質

 来年4月から消費税を8%に増税する決意を固めた安倍政権であるが、一方で「解雇特別特区」法案を画策中で、この特区では、雇用される働き手との契約で、労働基準法で護られるはずの労働時間への制約や、残業手当、理由なき解雇の禁止など働き手の基本的権利を雇用者が守らなくてよいことになっている。ここでは、働き手は労働時間による賃金ではなく、会社への貢献度で賃金が決められる。言い換えれば、完全なる労働者使い捨て企業のための特区である。厚生労働省はあくまで労働基準法は例外なく運用されるべきであるという立場からこの法案に反対しているが、安倍政権では、新しいベンチャー企業の育成や企業の国際競争力を付けさせるための起爆剤という位置づけでこれを推進させようとしている。要するに安倍さんの本音は日本全国が「解雇特別区」になれば「経済はもっともっと元気になる」ということであろう。

 もう一つ、今日からNISAという新たな投資減税制度が始まったが、これは個人が100万円までの投資に関してその売却利益を獲得した場合に税金が課せられないという制度である。安倍政権の思惑は、莫大な金額にのぼる個人貯蓄を投資の形ではき出させ、「経済の活性化」を図ろうというものだ。しかし、これは結局、働く人たちが一生懸命働いて得た賃金の中から節約して老後の生活維持のために貯金してきたお金を、個人投資などを通じて金融界に吸い上げ、投資や投機という形で人のカネを右から左に移して莫大な利益を上げている金融資本に提供させようというのである。
 そしてもうひとつ、復興特別法人税の撤廃である。この税は東日本大震災への復興資金を調達するために、日本全体で痛みを分かち合い、復興を支援するという目的で企業に期限付きの特別税を課したものである。しかし、安倍政権は、「景気回復のため」という名目で、この復興特別法人税を期限が来る1年も前に前倒しで廃止し、企業の税負担を軽減しようというのである。安倍さんは企業を経営する資本家が利益を生みだすためには、家族を失い職場を失って絶望の日々を送っている東日本大震災の被災者たちが一日でも早く実現してほしいと願う復興が、資金不足などでまったく遅々として進んでいない現状などどうでもいいのである。
 安倍政権は、経済が活性化し、企業が利益を上げることができるようになれば、雇用も増え、賃金も上がる、と何度も言っているが、現実には決してそうはなっていないし、その原因も見えている。
 いま世界経済は、アメリカ、中国、日本などの中央銀行が「量的緩和政策」によって大量にばらまいているおカネが世界中を駆け巡り、新興国への思惑投資が過熱してバブル崩壊の危機に瀕している。そしてそれを引き締めようとする中国やアメリカの中央銀行による「量的緩和引き締め」の気配が明確になると世界の投資家や投機家が敏感に反応して投資先を変えたり、おカネの支出を控えたりするので、それによって世界経済が大きく揺すぶられる。つまりグローバル化した資本が過剰生産と過剰消費(これによって地球資源の枯渇や自然破壊が促進されている)によって生みだしている過剰な資本と、それをおカネ儲けのために動かしている金融資本家たちによって世界の経済が支配されており、もともとそれらの富を生みだした労働者たちはそのアクロバティックで空中楼閣的な「根無し草経済体制」の犠牲となり、貧困化させられているのである。
 だから、安倍さんがいくら「経済成長こそすべて」と言っても現実には、企業の利益は、この過剰なマネーから利益を吸い上げようとしている連中を太らせる結果となり、労働者たちには決して還ってこない。一見、賃金が上がったように見えてもそれ以前に生活資料の値上がりが先行し、結局実質的には労働者は貧困化せざるを得なくなるのである。
 安倍政権を支持し、次々と打ち出される労働者犠牲の政策にほくそ笑んでいるのは、これによって莫大な利益を期待でき、財産を殖やせる「富裕層」たちなのである。この安倍自民党を選挙で選んでしまった労働者たちは結局自らの首をしめることになり、自分も「新富裕層」の一員になれるかもしれないという幻想を抱いてNISAでなけなしの貯蓄を投資に回しても、増大するリスクによってそれを失う確率がどんどん高まっていることを忘れてはならない。

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2013年9月29日 (日)

コメントにお応えして

 「 IASDR 2013での発表について」へのコメントを頂いた"kobe bryant all star shoes"さんありがとうございました。婚外子への相続権差別への違憲判決は私も「いまごろ!」と驚きました。こんな当たり前のことがこれまで「合憲」扱いだったことは信じられない思いです。戸籍法が家族関係の古い思想の生きた遺跡であるように、婚外子への差別が生き残っていたのですね。

 土地所有と相続権の問題もおっしゃる通り、土地所有者の権利を護るという面を持っていると思われますが、昨今ではむしろ古くからその土地に住んでいた人たちの土地を大規模な不動産資本に集約させる機能をも発揮していると思います。先祖伝来の土地に家屋敷を持って暮らしていた人たちが、たまたま都市化によって土地の値が驚くほど値上がりし、親が亡くなった場合、子がその土地の相続税が払えなくなり、売りに出すことが非常に多くなっています。そして結局これらの土地は○○不動産会社が買い取り、それをまた「再開発」の名で大資本が買い取り、高層マンションなどをつくっていくというパターンです。
 こうして土地の高い都市部では古い町並みは破壊され、日本中、いや世界中どこも同じ高層ビル群が立ち並んだ町並みに変わっていくのです。この高層マンションに済む人たちはいうまでもなく「富裕層」で、大半は部屋を又貸しして儲けるための投資としてマンションの部屋を買うのです。そして建築デザイナーたちはどこから見てもつまらない規格化されたデザインのビルを設計して暮らしていくことになります。
 もともと家や土地は、人々が生きていくために欠かすことの出来ない基本条件です。それが商品化され、買えない人は住み場所を人から借りなければ生きてゆけなくなり、家屋敷を持っていた人もやがて相続税が払えなくなりこれを人手に渡してより不便な場所か安い家に移り住まなければならないことになるのです。
 こうして一方では生きて行くために必要な生活資料のすべてが商品化され、資本化されることによって、他方ではほとんどの人々が生きて行くために必要な生活資料を「買い戻す」ために生涯賃労働者として資本のくびきの元で働かなければならなくなっているのです。これが資本主義社会の正体です。この現状を「当たり前のこと」と思うのはいかに真実を見ようとしない態度であるか、いうまでもないと思います。

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