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2013年10月20日 - 2013年10月26日

2013年10月22日 (火)

mizzさんのコメントに関連して

 mizzさんは、前々回の私のブログでデザイン学会秋季大会での記念講演が「文化創造としての工学」というテーマ行われたという私の報告と、前回のブログで紹介したその大会でのパネルディスカッションで日本の超一流企業H社のデザイナーが、もはやモノ作りをしなくなり、他分野の専門家たちとの交流で新しいビジネスチャンスを生みだすことを考えているという私の報告に対して、「デザイン文化の課題を取り上げるとすれば、当然ながら、韓国や中国その他の国の実務デザイナー(つまり実際にモノを作っているデザイナー)におまかせするか、資本家まがいの頭のデザイナーのなんやらに期待するかしか無くなったと言えるでしょう。さて生産者と消費者は遠く文化圏までも隔離されている状態ですから、また生産と生活も同じことですから、この乖離を取り上げてなんとかするのか、交流とか、一方、もうどうでもいいとあきらめて、現状を文化と言い換えるかしかなさそうです」というコメントを頂いた。

 まさにその通りで、いまやどこの国でもその国の文化の要素となるモノ(原島氏は記念講演で「モノより心が大切」と言ったが文化はモノとそれを使う人たちのこころとの統合体であろう)はさまざまな別の国々の労働者(頭脳労働も肉体労働も含めて)たちによって作られている。いま世界はグローバル市場を土台とした「グローバル社会」になりつつあって、そこではそれぞれの国での生産と消費のサイクルが生みだす独自の文化は失われグローバルな「文化の均一化」が進行しつつある。
 言い換えれば地球全体が、現代資本主義社会の先進国であるアメリカの生活に端を発した生活スタイルになりつつある。どこでも同じようにスーパーやコンビニで生活資料を購入し、同じようなクルマや携帯電話が生活の中に組み込まれ、同じような観光旅行のパックに乗せられて「レジャー」を過ごす。生活のすべてがビジネスに組み込まれ、広告で次々と宣伝される新商品を買わされ、まだ使えるモノを捨て、地球全体としては膨大な資源の無駄遣いをし、自然破壊を進行させる生活が「経済成長」を支えているのである。
 そこでは直接モノを生産している人々は、実際には文化の創造者では決してなく、つねに「消費者」として位置づけられ、もっぱら生産過程を管理支配している資本の意思によって生みだされた生活スタイルが押しつけられる。彼らは「消費者の要求」という言葉を用いながら、実はその「要求」自体が生産過程を支配している彼らの側から次々と誘導され醸成されている。そこに先進資本主義国の一流企業のデザイナーたちがいるのであって、デザイナーの「創造性」が求められる所以もそこにあるのだ。
 もし彼ら(デザイナーばかりでなくそれをも自らの意思の代行者として雇用している生産システムの支配者)が、自分たちこそが生活文化を生みだす旗手であると自負しているならそれは大きな間違いであって、実際はその破壊に手を貸しているのではないだろうか?
 mizzさんはさらに言う「遺伝子デザインの世界(いわゆる「デザイナーベビー」の話)では、目が青く、知性豊かで、体格のいい子供をご希望のご様子で、もう少し云えば、資本家で、莫大な資産を持ち、前貸しして資本の拡大を図る能力があって、それを果敢に実行する気力の持ち主の遺伝子が欲しいと。だが、そのためには、安い賃金で長時間、激しい労働をもって働く労働者の遺伝子をこっそりと大量にばらまく必要もあるので、それが絶対秘密のデザイン的操作方式だと聞く。アベノミクスの一方の秘密と同じで、第三の矢の実質はそれ。成長の裏地の、とあるデザイン、餓死、自殺、鬱、の制服模様。もう成り立つはずもなし。デザイン学会連はもう相当の究極的観念論世界」
 この厳しい指摘にデザインの研究者(私自身も含めて)はどう応えるべきなのだろうか?

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2013年10月20日 (日)

日本デザイン学会2013秋季大会に参加して(その2)

 午後は学生作品の展示会があって、それに続いて午後3時からはパネルディスカッション「デザインをすることの中に埋め込まれるデザイン研究は可能か?」に参加した。これはこの大学のS教授がモデレーターとなって、H社デザイン本部のM氏、K大学大学院メディアデザイン研究所のI氏、T美術大学デザイン学科のU氏がパネリストになって上記のテーマでそれぞれの考えを述べ合うものであった。

 まずS教授から、デザインの実務と研究は分けられない知性であると考えられ、デザイン実務の中に研究を埋め込んで行けるかどうかを考えて欲しいという導入のスピーチがあった。これは最近デザイン畑でない研究者たち(認知科学や情報論など)の間で「デザイン・シンキング」などを中心としたデザイン論が展開されており、いわばデザイン畑の実務経験者や研究教育者が疎外された状態で進むデザイン研究への挑戦状と考えられる。
 まずH社のM氏から、最近のデザイナーはモノを作らなくなり、異分野の専門家たちと対話を通じて何を作るか、何を事業化するかをディスカッションすることがほとんどで、デザインの下流ではなく上流部分が仕事の中心になっているとという報告がああった。M氏はそのような場でデザイナーは、新たな顧客体験をどう生みだすかを考えながら、専門家たちとのディスカッションで、「こんなのどうですか?」という形でラフスケッチを描いてアイデアを提示することが主要な仕事になっているという。
 要するに、かつて日本が得意としていた家電・AV製品などの生産は労働賃金が安い国で行われるようになり、それとともにそれらのジャンルのデザインは韓国や中国など後発資本主義国のデザイナーたちにお株を取られてしまったので、日本の大企業に雇用されるデザイナーたちはいわゆる技術シードにもとづくアイデアで勝負という形になってきているのだろう。
 次いで、K大学のI氏は、氏の所属するメディアデザイン研究所では、メディアを広い意味で捉えながら研究を行っており、デザインの専門教育を受けた教員はほとんどいないという。そこではCreativityをCreateすることが目指されており、Grobal Innovation Design Programという国際的大学間プロジェクトが展開され、授業はすべて英語で行われる。Cultural DiversityとSocial Impactを旨としてTechnology Design双方で、論理と実践という共通に理解できる言葉を基礎としたCo-creationの場を生みだしている。FabLabという形で生産者と消費者のカベをのぞくとともに、LivingLabという形で研究者と生活者のカベをのぞくことも目指されている。そこでは時間軸をどう考えるかがいま課題となっている、と述べた。
 これもなかなか「かっこいい」のであるがグローバルプロジェクトにおける産業界との関係や、それらとFabLabやLivingLabとの関係が全く見えないので、S教授のいう「実務に埋め込まれた研究」の主旨との関係が不明のままだ。
 最後にT美術大学のU氏が、こどものデザイン教育を中心とした研究の紹介があり、保育園で、さまざまな素材を与えて、子供たちがそこから何を行い、何を生みだすかを観察した記録をヴィデオで紹介した。そこではこどもたちがいか与えられた素材の使用目的から離れ、大人が想像もしないようなものを生みだすかが分かると述べた。それは「概念の破壊」による自由な発想であり、それが創造性の基本だと述べた。
 これらパネリストの報告を受けてS教授がまとめとして、デザイン実務や教育の中で行われていることに内包されている研究課題が何かを考えてみようと問いかけ、それぞれのパネリストがそれについて語った。しかし、この辺りのパネリストの話は私にとってあまり印象に残っていない。あまりインパクトがなかったせいであろう。
 最後にフロアーからの質問の時間になったので、私は、「既成概念を外すことが重要であるという指摘があり、私もそういう研究を現役時代に行ってきたが、じつはいったん壊された概念を別の形で意味づけし、再構成することの方がより重要なのではないか?例えば午前中の原島氏の講演にあったように、産業界のためのデザインから生活者のためのデザインへ、といった目標があってこそ概念の再構成ができるのではないか?」と質問した。それに対して、S教授から「けっきょく壊すことの中に次のステップへの方向が内包されているのだと思う」という回答があった。
 私は、このS教授からの回答こそ、私がこのパネルディスカッションで得た最大の収穫であったと感じた。私流に言い直せば、「既成概念の破壊にインプリメントされた新生への目的意識」こそがいまもっともデザイン研究に求められていることなのだと思うからだ。

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日本デザイン学会2013秋季大会に参加して(その1)

 10月19日に多摩美術大学八王子キャンパスで行われた表記大会に行ってみた。大会テーマは「創造する人材はいかに育成されるのか?」であった。少し遅れて行ったので、11時からの原島博氏(東大名誉教授)の招待講演から聞き始めた。

 原島氏は工学は文化創造という視点を持つべきだと主張し、その原型はもっとも古くから存在する工学である「建築」にあり、それは芸術と近しい関係であったと指摘する。それが近代になってから工学は科学の応用分野であるとされ、芸術とは無関係な存在として扱われるようになり、いかに作るかが問題とされ、何をつくるかはあまり問題とされなくなったとし、そこでは生活者が「消費者」とされ、産業が「生産者」として主体化され、それに従事する人々は「人材」として扱われるようになった。つまり人は手段化されてしまったと指摘する。そもそも「文化」とは、人が生活の中で展開している創造的な営みのことを指すのもであり、個々の生活者の創造性が問題なのであり、それが失われてしまったのが今の社会であると指摘する。
 ここまでは、私の主張とかなり近いので、原島氏の主張に共感を持った。さらに、原島氏は、インターネットが普及した現在、諸個人が発信できる状態が現れ、そこに3Dプリンターのような個人のモノ作りを可能にする装置が登場することによって、「パーソナル・ファブリケーション」が可能になってきているとし、これを生活技術、文化技術という形で社会的に「ソーシャル・ファブリケーション」として発展させることが必要であり、そのためにコミュニティーがどうそれを支えるかが問題になって来ていると主張する。そして研究という視点からは、大学→産業→社会という形ではなく、研究と社会が直結した「社会に開かれた研究」であるべきだと主張する。そして最後に「産業のためのデザインから創造的生活者のためのデザインへ」というスローガンを掲げて講演を終えた。
 基本的には私の主張と近いので大いに共感を持ったが、ここで重要な問題が抜け落ちていた様に思う。それは「生活者」「産業界」「社会」というカテゴリーがそれぞれ独自に存在するかのような位置づけが行われていることである。しかし、現実には、それらは一つの全体として密接に絡み合っており、産業界から自律した生活者や社会などというものはあり得ないのである。ここでいう「生活者」はそのほとんどが企業に雇用されて働く労働者たちであり、「社会」はそれら両者を要素とする全体の枠組みである。
 実際には、「生活者」はその生活の中で、ほとんどの時間、企業のために働き、そこで「生産的労働」を行うことによって得る賃金によって生活を営むのであって、生活のために必要な生活資料(衣食住など)をそれらを生産している企業から商品として「買い戻す」ことによって生きているのである。そしてそれら企業(正確に言えば資本家的企業)での労働者の生産物が物流システムを経て、商品市場に出され、「生活者」がそれを個々に買い戻して生活するという、循環システムの全体をスムースに動かすために「社会」という枠組みが想定されているに過ぎないのである。
 こうして実際に生産的労働を行う労働者が「消費者」とされ、実際には労働の管理・支配者でしかない資本家的企業が「生産者」とされているのが資本主義社会の原理的仕組みなのである。
 こうした仕組みのもとでは、労働の管理支配者である資本家的企業の目的は、利益の獲得と増殖であって、「何を作るのか?」という生産の目的は「もっともうまく利潤を得る」という目的のための手段とされているのである。資本家的企業にとっては、そのために人をどう使うのかが問題なのであり、それが「人材」という考え方である。そこでは人は単なる道具に過ぎない。そしてデザイナーもまさにそうした立場に置かれた労働者(頭脳労働者)に過ぎないのである。
 「社会」という枠組みは、そうした関係を維持し続けるために必要なインフラや医療、教育、余暇、などすべてをその目的のために行政を通じて「合理化」する方向に向かうのである。
 工学的エンジニアも、デザイナー同様、近代資本主義社会がその必要から生みだした分業種の一つであり、それゆえその目的意識は最初から彼らを雇用する資本家的企業が与える「業務目的」でしかあり得ない。原島氏が主張する「工学の文化創造」は、こうした体制のもとでは、工学的エンジニアだけでなし得るものではないし、たとえ何らかの形で実現し得たとしても、それは「ビジネス・チャンス」(つまりカネになる仕事)としての産業界の目的においてしか実現し得ないのである。現に、いまある「カルチャー」はすべて、そこから利益を得るためのカルチャー産業というべきビジネスとして存在しており、芸術も娯楽もその中に含まれている。
 だから原島氏の主張は、残念ながら、そうした現実を深く見ようとしないものであると言わざるを得ないだろう。そしてこの重い現実をどうのりこえるかがわれわれに課された今世紀最大の課題であるといってもよいだろう。そして人間の持つ本来の意味での創造性が発揮されねばならないのはこの問題においてであるといえるだろう。しかし、いまの「デザイン思考」や「創造性」の研究はそれ自体がこの資本主義社会の仕組みの中に組み込まれていることという事実に研究者たち自身まだ気付いていない。

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