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2014年1月26日 (日)

アベノミクス「経済の好循環」というまやかし

 このところ経済指標が上向いてきたというニュースばかりで、安倍政権の重鎮たちは「まず労働者の賃上げが最優先、そして購買力をつけ、消費を拡大、そして設備投資、利益上昇という経済の好循環がうまれつつある」という自画自賛をしているようだが、これは正確には次のように言い直すべきだろう。

 資本家が労働者への可変資本部分の前貸し量を増やすことが最優先、そしていったん労働者の手に渡った前貸し貨幣を消費財市場で消費財との交換に向けさせへ、それによって消費財生産資本に資本を回し、それら消費財企業の設備投資を増大させ、それによって生産財を生産する企業にも資本を回し、最後に労働者の「賃上げ分」を消費税として政府の税収にする。
 つまり労働者の賃金とは、資本家が労働力商品との交換で労働者の手に渡した「資本の可変資本部分」つまり労働力の維持費であって、資本家がその代わりに得た労働力を消費して生みだす価値のうち、可変資本部分と生産手段部分を差し引いた残りすべての剰余価値部分を無償で獲得することで得るような「収入」ではないのである。
 「賃上げ」はその可変資本部分を増やし、それを消費財生産企業が消費財の売買であげる利益に回し、それを設備投資というかたちで生産財購入へ回すことによって生産財企業も売り上げが増え、利益が増大するということなのである。
 この循環で本当の収入を増やすのは資本家であって、労働者の「賃上げ」はそのための手段でしかない。だから見かけのうえで上がった賃金は資本家のために支出されることが前提であり、労働者がそれを貯め込んでいざというときの基金にしようなどと考えさせないことが前提なのだ。だから金利はとことん低くして、お金を使わせ、「いざというときの基金」は株式投資など、金融資本が運営する資金として提供させ、金融資本の投資利益のおこぼれをほんの少し頂戴する方向に向けさせられる。
 中間層と呼ばれる労働者階級の上層部の人たちは、こうして「可処分所得(つまり生活に必要な最低限の資金を超えた部分)」の一部を株などへの投資に回し、株価の上下に一喜一憂する金融資本家とおなじ意識にさせられている。そして「可処分所得」の残りは奢侈品購入や海外旅行などに消費され、それらの企業を経営する資本家が潤うのである。
 金融緩和でジャブジャブ流されるお金は、実質的には根無し草的な価値しかなく、それが「アベノミクス的好循環」に投げ込まれ、労働者の賃金(資本の可変資本部分)の額面上での増加という形を経て、無駄な消費をどんどん拡大させ、そのために必要なエネルギーや資源をどんどん消費し、だから原発も増やさないとやっていけなくなり、ついでにその原発技術を輸出して重電企業に莫大な利益を生ませ、結局は金融市場で金融資本をブクブク太らせながら回転をしないと経済が成り立たないのである。
 しかし、この「好循環」は決定的なアキレス腱がある。それはある日突然、そして必ず、貨幣資本の実質的価値と額面上の価値の不一致による矛盾が爆発し、「好循環」が断ち切られる日が来るのである。いわゆる「金融引き締め」はそれを軽減するために行われる処置であるが、この「引き締め」の犠牲者はつねに労働者階級である。
 その日がいつ来るのかは分からない、しかしそれほど遠くはないだろう。その時になって、おそらく初めて労働者の社会的位置の惨めな本質が暴露され実感されることになるだろう。
 
 

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