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2014年3月13日 (木)

「安倍イデオロギー」に騙されるな(2)

 春闘も山場を迎えて、大企業では労働者側が念願のベア(ただし2000~3000円程度でしかない)を獲得したというニュースが報じられている。同時に、これはアベノミクスの目指す「景気の好循環」を促すために政府が企業に圧力をかけた結果だとも報じられている。当然資本家側は将来の負担を増やすことになり、ベアを認めることを躊躇している。だからこそ安倍政権は法人税を減税(資本家側への法人税の減税は、労働者側に対する消費税の増税と相補的関係にある)し、渋る資本家の背中を押して、ベアを認めさせたというのが事実であろうし、ベアは一時金アップなどと違って昇級や退職金、ボーナスなどに響くから労働者側にとっては確かに一つの収穫だったといえるだろう。

 しかし、 アベノミクスのいう「好循環」とは、金融緩和(われわれの労働力を借金のカタにとることで大量発行した国債によって異次元の貨幣の吐き出しを行うことが可能になった)や円安(貨幣の大量吐き出しでその国際的な価値が低下したために円安となった)での輸出増加などをテコにして資本家企業が業績をアップさせることで、そこからの「おこぼれ」を労働者側にも与え、労働者たちの消費力を高め、消費拡大を促すことで、資本家企業もさらに利益を得るということである。いわゆる「トリックルダウン」という考え方なのである。

 資本家企業が儲かればそこに雇用されている労働者もおこぼれが頂戴できる、という図式はかつて20世紀後半の高度成長時代にある時期定着した考え方である。資本家側のコトバで言えば、「経営側と労働側の共存共栄(最近はやりのコトバでいうと「ウイン・ウインの関係」)」、「あるいは互いに利益を分かち合う」、ということになる。

 しかし、労働者側の立場で言えば、それは単に資本家側の利益を増大させるための手段として労働者の労働力が扱われているに過ぎないのだ。資本家側が労働者を大切にしているかのように見える場合は、そうすることがおのれの稼ぎを安定化させ、増大させるからであって、やがて資本家同士の競争が激化して、少しでもそれが怪しくなってくると、「苦渋の決断」とか称して、労働者には賃金カットや解雇、あるいは追い出し部屋への転勤が命じられる。そしてできうる限り正規雇用労働者の採用を絞り込み非正規雇用者を増やしてその労働力で業務を切り回そうとする。
 非正規雇用労働者の時給もここで20~30円程度上がったと報じられているが、これも流通業やサービス産業などの一部(経営者たちは従業員の労働意欲を高めるためと称して実は労働強化を行っている)であって、大半の非正規雇用者は時給は据え置きである。そして資本家側は出来得れば、もっと安い時給で働いてくれる外国人労働者の雇用に目が向くであろう。やがて非正規雇用の労働者はこうした外国人労働者との「労働力商品同士の競争(どれだけ低賃金でも働くかという競争)」にさらされることになるのだ。
 資本家同士の競争の中で 「使い捨ての道具」ともいえる非正規雇用労働者は不安定な職場での低賃金労働に耐え、結婚して家庭を持つこともできず、老後の年金ももらえそうにないというあきらめの人生を送っている人々が多い。年々増え続ける彼らこそ、本来の意味のプロレタリアートである。大企業の正規雇用労働者は非正規雇用者の犠牲の上にアグラをかいている「労働貴族」であって、資本家側がその資本パワーの一部として彼らの能力(脳力)を必要としているのだ。
 結局こうした労働者間の格差の拡大が「高度成長政策」の行き着く先だったのだ。高度成長政策の舵取りを誤ったからこうなったのではなく、これは資本家同士の無政府的競争を前提とした高度成長政策の必然的結果であるといえるだろう。それなのに、安倍政権はまたいま「経済成長こそわがすべて」といわんばかりの政策を打ち出している。「経済成長」とは資本の成長以外の何物でもなく、われわれの生活や人生の成長では決してなかったことを肝に銘ずべきではないのか。
 

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