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2014年6月 4日 (水)

残業手当ゼロ政策の持つ意味を考える (その−2)

 これらについては、資本論第一巻「資本の生産過程」 第六篇「賃金」を読んでいただけば分かる。(資本論に関してはわざわざ書店でお金を出して買うよりもインターネット上にアップロードされた、英語版からの宮崎氏による和訳本をお勧めする。URL: http://www.marxistsfr.org/nihon/index.htm) マルクスがそこで言っていることの要点をまとめれば、以下の様になる。

*労働力の価値は、平均的労働者が習慣的に必要とする生活必需品の価値によって決められる。これらの必需品の量はある与えられた時代の与えられた社会によって知られ、それゆえ、一定の大きさとして扱われることができる。

*そしてその価値量が日労働においてある一定時間費やされた労働によって生み出されるとすれば、残りの日労働で支出される労働はすべて新たに生み出された価値として無償で資本家(企業)の手に渡る。

*この労働力の価値が労働賃金として、つまり労働力の価格として表れるためには、さまざまな形を想定しなければならない。マルクスはそれを以下の3つの要素の組み合わせによると指摘している: (1)労働日(一日における労働時間)の長さ、(2)労働強度、(3)労働生産性。

*そしてマルクスは、それをさらに、(i)労働日の長さと労働強度が一定で、労働生産性が変化する場合、(ii)労働日が一定、労働生産性が一定で、労働の強度が変化する場合、(iii)労働生産性と、労働強度が一定で、労働日の長さが変化する場合、(iv)労働日の長さ、生産性そして労働の強度における同時的な変化、という4つの場合について分析している。

 ここでは原典を見て頂くことを前提に、その詳細には立ち入らないことにして、表題である「安倍残業手当ゼロ政策」に絞ってこのことを検討してみよう。 

 マルクスの時代、「労働者」といえばほとんどが工場で働く、いわゆる「肉体労働者」を意味していたのだが、今日では、特に日本などの高度に発達した資本主義社会ではその大半は事務所で働く「頭脳労働者」である。この違いについては後述するが、本質的には同じ賃労働者の立場であるといえる。まずこのことを頭に置いておいていただきたい。

 マルクスは次のように言っている。「労働者が受け取る彼の日または週の労働の貨幣総額が、彼の名目賃金額となる。または、彼の、価値として評価された賃金となる。しかし、労働日の長さ、彼が現実の日労働量として提供した量に応じてと云うことは明らかなことで、同額の日または週賃金は労働の価格(実質賃金---引用者註)とは全く違ってくる。つまりは、同じ労働量に対して貨幣額は全く違ってくる。」 さらに、「労働の平均価格は、平均日労働力価値を、労働日の平均時間数で割れば見つけられる。もし、つまり、日労働力の価値が3シリングで、6時間の生産物の価値であり、そして労働日が12時間であるとすれば、1労働時間の価格は 3/12シリング=3ペンスとなる。このようにして見つけられた労働時間の価格は労働の価格を表す尺度の単位としての役割を果たす。」

 いわゆる「時給」である。剰余価値率が一定であり、時給が一定である場合に、日労働時間が短縮された場合どうなるか。その結果は剰余価値量も労働賃金の額も減る。したがって資本家が搾取する価値量も減るが、労働者は事実上、日々の生活に必要な労働賃金が得られなくなる。したがって他に不足した生活費を補填するための労働が必要となる。
 剰余価値率が一定で、1労働時間の価格(時給)が同じであれば、日労働時間が増えた場合、剰余価値量も労働賃金も増える。しかし、標準労働日を超えて行う労働では、加速度的に労働力の消耗が激しくなり、超過労働に対する通常の割増金ではそれを補填しきれなくなる。労働者の生活時間はなくなり、肉体も精神も疲弊する。これが続けば見かけ上の労働賃金が上がっても、やがては労働者は過労死するだろう。
 いま一人の優秀な労働者がいて、平均的労働者の1.5倍の仕事をこなす場合、それは同じ時間内に支出された労働量が増大したこととなり、労働賃金が変わらなければ、より少ない労働力で同じ労働量が供給できることになるため、労働力の社会的キャパシティーが大きくなったことになり、労働市場での労働力商品同士の競争が激しくなる。そしてこのことが労働賃金の低下を招くことになる。
 資本家は剰余価値の増大を目指し、安くなった労働力でさらなる労働時間の延長を図ることになるだろう。
 その結果、資本家は商品価値に含まれる労働賃金分を超えた剰余価値部分をより多く取得することになるが、一方で商品市場での競争に勝つため、その増加した剰余価値部分の一部を切り詰めて商品価値を下げる。そして商品の異常な低価格化が進み、それが常態となる。
 やがて生活資料商品の値下がり分に応じて労働賃金も低下することになる。こうして一方で資本家は取得する剰余価値量を維持あるいは増大させながら、同時に他方で労働者の長時間労働と低賃金化が推進される。
(続く)

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