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2014年12月11日 (木)

アベノミクスのマルクス経済学的分析(その5:21世紀型グローバル資本の登場)

 もともとケインズの「有効需要の原理」にもとづく「消費駆動型」資本主義体制は、結果的には、過剰資本の蓄積によって資本主義体制が崩壊する可能性を不生産的消費の拡大によって防ぐという意味をもっていた。そしてその基盤の上に「消費駆動型」資本主義経済があだ花を咲かせることができたのであるが、その先鞭を切って朝鮮戦争の特需景気をきっかけとして、日本の資本主義経済は、1960頃から「高度成長」を遂げた。日本では1960年代にはまだ国内需要が多く、生活資料商品の増産に必要な労働力やそれにともなう道路網、電気・ガス・上下水道などのインフラ、万年不足であった住宅の建設などに多くの労働力需要があり、それに加えて1970年頃から比較的安い労働力による輸出商品市場での有利な競争によって企業利益は急速に増加していた。労働者側も失業率は低く、労働賃金も「春闘」での労使交渉によって年々上昇していた。それによって多くのいわゆる「中間層」が産み出され、労働者階級に比較的裕福な部分の比率を高めていった。しかしそれと同時に労働者の階級意識は薄れ、どんどんモノを買うことが経済のためになるという風潮に乗せられ、自らは職場で生産的労働の一部に携わっていても、賃金を使って消費することが自分の存在意義であるかのように思い込まされ、労働者は「消費者」と呼ばれるようになり、自らを「中産階級」と感じる人々が増えた 。そのため労働運動も見る影もなく萎んでいったのである。労働者階級は自ら進んで「消費駆動型資本主義経済」のドライビングフォースとなっていったのである。まさにケインズ理論に主導された資本家達の思うつぼであった。

 やがて急速に蓄積される資本は金融資本を通じて不動産や不生産的部門への投資に大量に流れるようになり、1980年頃から過剰な資本の流動化によるバブル状態が始まった。「なんとなくクリスタル」に代表されるようなバブル時代の華やかな雰囲気はやがてそれを支えていた土台もろとも破綻すべくして破綻した。
  1990年代には不動産や証券企業、不生産的部門、下請け中小企業などの倒産や金融機関の再統合などが行われ、世の中は不況のただ中に陥れられ、労働市場は縮小し、失業者が増え、労働賃金は下がり、消費は冷え込み、生活資料商品市場(いわゆる消費市場)も安値による販売が常態化し、人々は財布の紐をきつく絞る生活をするようになり、社会全体で資本の回転が低下した。資本家経済学ではこれを市場が供給過剰となり需要・供給のサイクルが低下し、貨幣の流通量が減少した「デフレ状態」と呼んでいる。
  グローバル市場でも中国などの台頭により競争から落ちこぼれた日本資本主義に昔年の面影はなかった。そしてこの状態から抜け出すべく、郵政の民営化だの規制緩和だのを唱える政権が生まれ、非正規労働者を増やすことで企業での「労働力の流動化」が図られ、いつ解雇になるか分からない状況での過酷な労働が常態化するという現実を産み出しながら企業の利益は戻り一時的に見れば「景気回復」と思わせることもあった。しかし基調は「不況」であり、労働者と資本家間の格差はもちろんのこと、労働者階級内部でも格差が増大し、「中間層」が減少して一部の「プチ富裕層」とその他の多くの貧困層や失業者を生みだして行った。しかし労働者階級としての意識を喪失していた人々は再び労働者の団結を目指すのではなくひたすら「景気の回復」を願うようになっていた。
 一方世界では、20世紀末、ついにその内部矛盾から崩壊してしまった社会主義圏は、その内部矛盾を資本主義経済化によって補おうとする中国型「社会主義」経済体制を産み出したが、それはアメリカを中心とした世界資本主義がその対立項を失って暴走しはじめ、「グローバル資本化」する中で、その市場に組み込まれ、経済的にはグローバル資本と持ちつ持たれつの関係でありながら同時に政治的軍事的にはそれと対抗するという形を取るようになっていった。
 暴走するグローバル資本はアメリカを中心として世界中でありあまった過剰流動資本の回転を加速させながらその回転速度に比例した莫大な差益を上げ、巨額の財産を一握りの資本家や投機家達の手に集中させていった。そしてその周辺に巣食う人々や「プチ投機家」「新興IT企業経営者」「それらにすりよる第3次産業経営者」などはその「おこぼれ」によって「新富裕層」を形成していった。
 そして2008年不動産バブルの崩壊がアメリカにやってきて、連鎖的な金融恐慌に陥った。その影響は日本にもやってきてたちまち世の中は再び「デフレ」に逆戻りした。
その中で、それまでの自民党主導の政府による官僚的政策を批判して、民主党が支持を受け新たな政権の座を得た。しかし彼らの主張も結局は、「民間主導」(つまり資本家主導)の消費駆動型経済をベースとして景気回復させ「ぶあつい中間層」を取り戻そうということであって、「ぶあつい中間層」とは何であり、なぜその格差が増大し、崩壊したのかについての理由を何もあきらかにできなかったため、その政策はほとんど実現できず「絵に描いたモチ」にしかならなかった。やったことといえば自民公明と妥協して消費税増額法案を成立させたことくらいである。人々の期待が大きかったゆえに失望も大きかった。そしてふたたび生き返ったのが安倍自民公明政権なのである。
(次回に続く)

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