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2014年12月15日 (月)

総選挙後、これからの社会を憂慮する

 総選挙の結果はやはり自公「大勝」であった。選挙民はこの危険な政権に承認を与えてしまった。これから数年間の間、おそらく政権は憲法改定に向かってゴリ押しすることだろう。矛盾だらけのアベノミクスはいずれ破綻するだろうが、憲法は一度改定されてしまったらわれわれの将来の世代に長く影響をおよぼす。再軍備、集団自衛権の行使、そして「国益」(そもそも国益とはだれのための益なのかはつねに不問に付されている)という名の下での国家への帰依とそのための教育、それが現実となっていくだろう。

 そのころまでに世界情勢がどうなるか予測はつかないが、あの戦争での大きな犠牲と反省の記憶は薄れ、崩壊するアベノミクスの中で、その矛盾への矛先を対外的な方向にそらせるべく ナショナリズムが宣揚されるようになるだろう。やがて経済の破綻は軍需産業に活路を見いだし、増え続ける失業者と貧困層には、そうした人々の不満を吸収しつつ「すべての国民への平等な義務」と称して徴兵制の必要を叫ぶようになるだろう 。

 しかし選挙民はそうした未来への可能性を選択してしまったのだ。いったい民主主義とは何だろう?「民」はあるときには「官」と対立する側のように思わせながらそこに資本家階級と労働者階級の本質的区別を消し去られ、あるときは「民」こそが政治の主役であるとおだて上げられながら、内実は資本家階級による労働者階級の支配を普遍化し、労働者階級はつねにゲームや娯楽などでマヒさせられ「愚民状態」に留め置かれ、その「民意」はつねにマスコミや「世論」の操作によって支配的イデオロギーの色に染め上げられ、それがあたかも社会常識であかのように思わされてしまう。そうした中で選挙が繰り返され、選挙はまるでマスコミでのタレントの人気投票の様相になってしまう。

こんな社会がわれわれの未来を支配するなら、世の中のために黙々と懸命に働いている人々は未来永劫報われないだろう。

 そんな悲しい気持ちを抱きつつ、しかしまだあきらめてはいけないと思い、無駄かも知れないアベノミクス批判を続けている。

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