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2013年12月29日 - 2014年1月4日

2014年1月 2日 (木)

崩壊しつつある資本主義経済体制

mizzさんからコメントを頂いたので、年の初めにいまのグローバル資本主義体制が置かれている状況について少し考えてみようと思う。

 安倍政権は、日銀をそそのかし、「異次元の金融緩和」をやらせて、お金を世の中に大量に放出することで景気を煽った。こうするとなぜ景気が良くなるかと言えば、お金という形で世の中を流通する資本が増え、その回転を速めれば、右から左にお金を動かして「買いと売り」の間でその差額で儲ける連中が潤うからである。
 現にいまのアベノミクスでもっとも潤っているのは投資家である。この連中が新富裕層とかいわれる階級を形成している。そして為替相場が変化して円安になるため、クルマなどの輸出産業が潤うし、その傘下にある企業群も潤う。それらの潤った人々がこれまで欲しいのに我慢してきた少し贅沢な商品を買うようになるので、高級品市場が潤うし、そうした人々がお金を落としてくれる観光業などが潤う。だから消費市場が活性化する、というわけだ。Tokyoオリンピック2020もこの延長上にある。
 世界中で展開されている無駄で歯止めが効かなくなった「グローバル市場競争」や消費の無際限な拡大政策はこうして資本の回転を速めるために行われている。
 そしてそのために「競争に勝つため」と尻を叩かれて、労働者たちは毎日過酷な低賃金労働に駆り出されているのである。その中で世界中の自然は破壊されつつあり、資源も掘り尽くされつつある。原発は「必須化」され、シェールガスなども加速するグローバル市場競争の中でおそらくすぐに掘り尽くされてしまうだろう。いまの資本主義経済体制は、本質的に Un-sustainable な構造なのである。人々はみなその「やがて来る破局」に目隠しをさせられ踊らされているのである。
 ここで見落としてはならないのは、実は海外為替レートで円安になるのは基本的には円の貨幣価値が下がったからであって、だから対ドルレートも下がる。つまりお金を大量に印刷して世の中にばらまく結果、貨幣が表示する価値が実際の価値より低くなるのだ。実際の価値とは、世の中に必要なものをつくり出すのに要する平均的労働時間を表示している。それは、それらをつくり出すために働いている人々が支出する労働の量を表している。
 しかし、この価値の源泉である労働が生みだす価値のうち労働力を維持するために必要な「価値」を超えて生みだされる価値部分、つまり剰余価値部分はつねに無償で資本家が獲得している。労働者に支払われる賃金はこの労働力を維持するのに必要な価値部分であって、のこりのすべては資本家の所得となる。見かけ上は「労働の対価」として支払われるように見えるため、資本家は「正当な等価交換」で不当な所得を得ている。資本家はこうしてその剰余価値部分を最初から含んだ商品を「売りと買い」の世界に投入する。「売りと買い」の世界は価値を市場価格というかたちで表示するので、市場での思惑の中で実際の価値とはかけ離れたものになっていく。例えば、同じ労働時間をかけてつくられたものが、意図的に生産量を減少させて、売値をつり上げる「限定商品価格」とか、中身が同じ製品でも、高級ブランドを付せば何倍もの価格で売れる、などなどである。つまり価値の実勢とことなる市場価格の世界が形成され、それがあたかも人々を支配する法則のごとく作用するようになる。そしてその「売りと買い」の差から生まれる「利潤」がもたらす世界は「資本」としてあるときは商品となり、あるときは貨幣となりそして労働力(労働そのものは資本ではない)となって世の中の生産から消費まですべての領域を支配することになる。
 本来ならば、剰余価値部分は世の中に必要なものを生みだしている労働者たちが共通に必要な社会的ファンド(例えば働けなくなった場合の社会保障や医療費、公共インフラ設備などというかたちで)となるべきものなのに、それが資本として逆に労働者階級自身をこき使い労働力を搾り取るために使われているのである。
 だからお金をばらまいて景気が良くなるとよろこんでいてもこれはいわば「根無し草的価値」を増やしてそれを動かすことで儲けようということであって、いつかは必ずその矛盾のしっぺ返しを受けることになる。それは金融恐慌であったりバブル崩壊という形である日突然やってくる。
 言い換えればいまの資本主義経済体制は世界中がそのようなバカげた金儲け競争の空回りに踊らされることでしか生き延びられなくなっているのだ。これをかつてマルクス経済学者 大内力は「資本主義社会の腐朽化」と呼んでいたが、まさに資本主義社会の崩壊過程そのものでなくて何だろう。
 われわれは、「次の社会」を実現しなければ生き延びられないだろう。それは絵に描いたモチの」ような未来社会のイメージではなくて、現に目の前に起きているこの矛盾の克服からのみ可能であるはずだ。

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