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2014年4月6日 - 2014年4月12日

2014年4月10日 (木)

人間のあり方までもが商品化される「騙しの社会」

いまの世界がグローバルな資本主義経済にもとづく社会で構成されていることは疑いもない事実であるが、その社会を構成しているすべての人々が実は商品としての存在形式になっていることも事実である。

 この世界で人間としての価値はすなわち商品としての労働力の価格なのである。もちろんここでいう労働力とは単純労働だけではなく、頭脳労働やサービス労働など社会を構成するすべての労働能力のことを指す。労働力の価値と価格は異なるということは資本論をまじめに読んだ人には分かっているはずであるが、もう一度言えば、労働力の価値とは、その労働者が自分の労働力を日々再生産するのに必要な生活資料の価値で表される。これに対して労働力の価格は、労働力商品市場において資本家が労働力を買う価格、つまり労働者の賃金である。
 あらゆる人がその存在意義を社会において示すのは、その人が社会においてどのような労働によって社会に貢献しているかということであり、ここでいう社会とは、生活する人々の共同体としての社会のことである。資本主義社会では、それが資本家たちによる労働力商品の価格として表現される。だから実際は社会にとって必須な労働を日々行っている人たちであってもその労働が資本家たちにあまり興味を引かない場合は、労働力は実際の労働力の価値に等しいか、それ以下の、安い商品価格に留まらざるを得ない。
 それに対して、資本家や投資家が「これは儲けにつながる」と判断した労働力は価値以上の価格で取引される。例えば、プロ野球選手の年俸は億単位である。これに対して自治体でゴミ処理を行っている自治体下請け業者に雇用されている労働者の賃金はせいぜい月収20万円たらずである。年俸に換算すれば240万程度である。どちらが世の中にとって必須の存在であるかは明白であろう。
 そして、例えば、これから莫大な利益につながると推測される仕事、例えば、万能細胞の開発などに携わる研究者の頭脳労働力とそれに必要な研究設備への資本家たちの投資は莫大な額となる。
 そしてもうひとつ、「情報化時代」といわれる今の世の中で、いったん名前を売ってしまえば、あとは資本家たちが「この人物の知名度を利用すれば儲かる、と判断され、たちまち引く手あまたとなり、その人の労働力(芸術家やスポーツ選手の場合は才能と呼ばれる)の価格は跳ね上がる。
  儲かる仕事(資本家用語ではビジネスモデルという)かどうか、マスコミやインターネット界などで知名度が高いか、この二つの指標がいまの世の中でもっとも資本家や投資家たちの関心を引くことなのだ。
 だからSTAP細胞開発に関わる疑惑問題なども生じることになる。とにかく世間をアッと驚かすような「サプライズ」を起こし、それをテコとして自分を大々的に売り出す。そうすればあとは資本家たちがついてくる。小保方氏もそれを知っているしもちろん理研も承知している。
 そしてこれらの指標が激烈な国際市場競争というコンテキストの中で現れるとき、現代社会のもっとも深い病根が露わになる。科学研究や教育の場においてもこの指標が最重視される。そして世の中がすべて市場化されたいまの社会では、たとえ人を騙しても競争に勝つことと、それによって儲かることが何よりも重視される。
 真実や真理というものが失われ、内容のない虚飾とかっこうだけの世界になっている。教育の場では、いかに企業の欲しがる人材になれるかが重視され、子供の本来の個性はねじ曲げられる。あるいは「個性を伸ばす」という名目で労働力の価格が高く売れるような「才能」を磨くことにお金が惜しまず使われる。大学は企業化し、教員や設備は大学株式会社の大切な商品となり、学生という顧客を集めるために全力が注がれる。
 医療も製薬会社とタイアップして、巨大ビジネスモデルを形成する。病気になれば、医者から「これでもかこれでもか」と言わんばかりの薬が出され、健康保険予算はどんどん消費される。
 そして、社会から失われて行く真実を求めて人々が最後の拠り所にしようとする宗教もビジネスモデルとなり、宗教的教義をあたかも真理のごとくそれらの人々に注入しながら巨大化する。
 こうした中で、政治家たちは、自分たちの治める国家をひとつの巨大な総合企業のようにし、たとえば「日本株式会社」の経営をうまく行かせるように法律を変え、必要な資金を、日々価値の源泉である労働を行っている労働者階級から吸い上げる。グローバル商品市場での激烈な国家間競争はやがて資源や領土をめぐる対立となり、ナショナリズムを煽りながら軍事的緊張を高め、それに対応して軍事力を拡充しようとするようになる。
 もはや世論はこうしたコンテキストを「既成の事実」と感じさせられ、ナショナリズム昂揚の中で、憲法の改定や軍事力の拡大を当然視するようになる。もちろんその背景では「世論」をたくみに操作する支配的イデオローグたちが暗躍する。
 われわれにとっての真理や真実はいったいどこに行ってしまったのだろうか? いまの世界では真理や真実を追究することすら儲けにつながらなければ意味がないとでもいうのだろうか?

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