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2014年4月23日 (水)

アメリカ的「自由」の行き着く先

 昨日のNHK クローズアップ現代で放映されていたアメリカの格差社会拡大のレポートはアメリカ的「自由」の行き着く先を示しているようで興味深く観た。

 アメリカでは、富裕層が自分たちの税金の大半が貧困層の救済や公的事業(例えば公的な医療や教育など)のために使われていることに大きな不満を持ち、自分たちで自治体を運営する動きが活発になって来ている。つまり富裕層だけの居住地区をつくり、そこでの税制や自治体の運営事業を自分たちの手で行うことで自分たちが支払う税金を節約して有効に使おうというのである。多額納税者である富裕層が出ていってしまった自治体では税収が著しく減って、公共事業への予算が取れなくなっていった。そのため街は荒廃し、治安は悪化し、貧困層のための医療施設や教育施設が運営できなくなっているところも出てきている。一方で富裕層自治区では高い塀とセキュリティーシステムでガードされた安全地帯の中で富裕層たちがお雇い警察官に護られて優雅に生活している。
 リベラル派の旗手オバマ大統領の「イエス・ウイーキャン」のかけ声にもかかわらず、アメリカ社会の上層部1%の人々のエゴによって残り99%の人たちがますます貧困に追いやられ、ますます格差が拡大しているのである。富裕層にしてみれば、貧困層の人々が働かないで富裕層の税金に寄生して生活しているというのだろう。自分たちの働きで稼いだカネを自分たちのために使って何が悪いのだ、というわけだ。「自助努力」と「努力に見合った収益」という、アメリカ的「自由」の典型的思想である。
 しかし、よく考えてみよう。そもそもこの「1%の富裕層」なる人々は、企業経営者、自営の医者、弁護士、経営コンサルタントなどなど、つまり直接的な価値生産に携わっていない人たちなのである。一方、99%の貧困層の人たちは、ゴミ処理、道路工事、上下水道の補修など社会インフラの維持や、商品流通など生活に必要な物資の流通の場などでもっとも過酷な必要労働を行っている人たちや、仕事にありつけないで、テンポラリーな仕事に就いているひとたち、サービス業の一端を担っている人たちなど、要するに社会を維持して行くために必要な労働によって価値を生みだしている人々が大半である。世の中に必要な労働を行っているひとたちが価値を生みだしているのであって、世の中になくてもよいことを行って金儲けをしているひとの「労働」は価値を生みださない。本来の価値とはそういうものであり、市場での需要供給関係で値のつく「商品価格」と本来の価値は違うのである。
 必要労働を行う人々が額に汗して生みだした価値の上に乗っかって、グローバル資本家たちが海外での低賃金労働から吸い上げた膨大な剰余価値などを巧みに吸い上げて投資などを通じて儲けている人々や、その儲けた人たちのおこぼれを頂戴して潤っている弁護士や経営コンサルなどが1%の富裕層の中身なのである。彼らはこの収奪を「自由」とはきちがえている人々なのである。むしろこの富裕層こそ社会を支える99%の人々の労働の上に乗っかってそれに寄生している連中なのである。
 このような「自由」は人の生みだした価値をいわば盗み取る自由なのであってどんなに優雅に振る舞っても本質的に犯罪的であり醜悪なエゴである。
 この資本主義社会の本質的矛盾とセットになったアメリカ的「自由」の矛盾を乗り越えることなしには、われわれの社会の未来はないだろうし格差はますます拡大するだろう。いわゆる「リベラル派」を認じるオピニオン・リーダーたちはこのことに無自覚であるばかりか、むしろその矛盾を補完する役割を果たしていることにわれわれは気づくべきだろう。

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