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2014年6月29日 - 2014年7月5日

2014年7月 2日 (水)

集団的自衛権行使容認に関するメモ

 安倍自民党と公明党間での集団的自衛権行使容認に関する政府閣議決定を巡る論議は予想通り公明党が安倍自民に屈服する形で終わった。選挙での弱みを握られ連立を破棄できない公明党の必然的成り行きである。この間ようやくこの問題についての人々の関心が高まり、現状では賛否が半々の様である。

 この問題は、憲法改定問題を射程に置いた現政権のパワーポリティックスの一環であり、非常に重要な問題なので、ここだけで簡単に片付けることはできない。とりあえず、気のついたことをメモしておこうと思う。
(1) 安倍自民党は、いまなぜ集団的自衛権を急ぐのか?
もちろん憲法9条の改定により「国軍」を持つことが安倍自民党全体での大目標であるが、その背景には、アメリカの退潮と中国の台頭があることはいうまでもない。イラク、アフガニスタンでのアメリカの軍事的関与が失敗に終わり、厭戦気分が充ちているアメリカでは、国家予算も逼迫しており、極東での軍事パワー行使が重荷になってきている。一方で、急速に経済大国になった中国がいま着々と軍事力を蓄え、周辺諸国に圧力をかけているという状況の中で、「経済成長」のために「国益」を護ることと軍事産業の下支えが必要と考える安倍自民の思惑が一致したということだろう。安倍はこれを、時間をかけた憲法改定論議や手続きなどやっていられない状態であるととらえ、実質的にそれを押し進めるための「解釈改定」を急いでいるのだろう。
(2) 集団的自衛権を行使できるようになれば、戦争を抑止することができるのか?  この件はまったく反対の意見がぶつかり合う。安倍は集団的自衛権を行使できるようになれば、「敵国」が軍事力行使をためらうことになるから戦争を抑止できるという。しかし、それに反対する人々は、そうではなくて、軍事力を行使できるようになれば、「敵国」からの攻撃の口実を与えることになり、戦争に巻き込まれる可能性が強くなると主張している。これはもちろん安倍の考え方が間違っていることは明らかだ。その理由は過去の戦争勃発の歴史を見れば一目瞭然である。戦争はいつでも「自国の国民を護るため」に互いに軍事力を増強することから始まる。いったん軍事力による「抑止」を目指せば、諸個人の思惑を超えて国家による際限のない軍事力増強につながることは明白である。そしてその頂点で戦争は勃発する。
(3) 改憲の手続きをきちんと踏めば、集団的自衛権行使は容認されるようになるのか?
 いまの集団的自衛権行使への容認論議では、内閣での合意という形で、改憲の手続きをとっていないことが問題であるという視点からの反対論が多い。しかし、その場合、もし改憲が目指され、それがキチンした手続きのもとで実現すれば、集団的自衛権行使は容認してもよい、ということになるのはおかしい。
これは民主主義的プロセスで多数が認めればそれでOKということであり、問題の本質に関する議論を迂回している。諸個人の主体的見解はそこでは完全に無視されている。
(4) 軍隊を持たないことは国を護れないことになるのか?
この論議は、必ず一般論から始まる。武器をもって喧嘩を仕掛けてきた相手に丸腰で対峙すれば必ず負けると。しかしこれは間違っている。戦争は個人の喧嘩ではなく、個人として何の恨みもない双方の国の人々が「国家」という看板を背負わされることにより殺し合わねばならなくなることだからだ。そこには「国家」という看板のもとに「愛国心」が宣揚され、その国の支配権をもつ人々が、その支配を維持するために「国民」を武器として用いて行う戦争である。兵隊には「お国のために命を捧げる」ことが要求され、兵隊を武器として効率よく働かせるための組織が軍隊である。そして戦場において大量の殺人が合法化され、「名誉の戦死」の名のもとに人々の人生が奪われる。戦争とはそういうものである。
 軍備を持たないことを世界にアッピールすれば、その国を軍事力で侵攻しようとする国は、国際的に非難され「犯罪国」と見なされるような国際的コンセンサスを築き上げることこそ必要なことだろう。そして「国家」と結びついた軍備を持たないことこそが、相手国との個々人同士の対話を維持させるために必要なことだろう。これこそがあの戦争で数百万の命が犠牲となって初めてわれわれが到達し獲た憲法9条の精神なのではないのか! 
(5) 集団的自衛権行使が世界情勢に与える影響は?
 おそらく中国はますます軍事力の増強を図り、それが中国の世論にも容認され、ますます軍事衝突を「合理化」させる根拠となるだろう。アメリカは経済的には中国と相互依存関係にあるので、自ら軍事力を行使たくないであろう。もし尖閣諸島が中国に乗っ取られそうになれば、日本の自衛隊が出撃し、それをアメリカがサポートするかもしれないが、結果としてはもっぱら日中間での軍事衝突という形になるだろう。一方、アメリカと中国や北朝鮮が軍事的に衝突し、日本の自衛隊がそれを支援するために軍事力を行使するという場合は、当然沖縄や内地にある米軍基地が攻撃目標となるだろう。そして自衛隊はそれを護るために戦わねばならなくなる。
 極東における国家間の軍事的緊張はますます高まり、そうした背景の中で、憲法9条の廃止と正式な国軍を持つことが国民的コンセンサスになるかもしれない。それが安倍政権の目指す「積極的平和主義」の中身だ。
(6)安倍独裁政権ともいうべき現政権は、多数決で選ばれた政府である。そしてこの党に投票した人たちはこの恐るべき事態に責任がある。麻生氏が「手本」として言及した、かつてのナチス独裁政権が民主的選挙の結果登場した歴史を忘れてはならないだろう。民主主義とは単なる多数決の論理ではなく、諸個人の責任ある主体性をベースに成り立つべきものなのだ。

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