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2014年8月17日 - 2014年8月23日

2014年8月19日 (火)

軍隊生活での思い出が生き甲斐となった女性

今朝の朝日新聞朝刊の「文化」欄、「世間の戦争」というコラムで、第1次大戦以後の女性の従軍のことが書かれていた。第1次大戦以前では看護という場面での従軍はあったが、男性が大量に兵士として徴兵され、軍隊内での仕事で労働力が不足したので、女性が「補助部隊」として軍隊に送り込まれるようになった。そして第2次大戦からは、女性も正規隊員として従軍するようになったようだ。

 日本でも最初は、前線に兵士として送り出された男性に対して主婦として「銃後の護り」を担わされていた女性たちに、太平洋戦争末期には女性の勤労動員が強化され、17歳から40歳までの女性を戦闘員とする「義勇兵役法」も成立したそうである。
 女性は男性に比べるとその母性としての本質上、最初から反戦的感覚を持っていると言われているが、実際には、必ずしもそうでもなく、むしろ「寝食を忘れて働いていた当時を、生涯最高の日々として胸に温めている女性」もいたらしい。また「制服を着て戦場や工場で働くことで、戦争に参加する喜びや自分の存在意義を見いだした」女性も少なくなかったというのである。女性の参政権が認められていなかった日本では、戦争の最中には「国家社会に貢献し、非常時局の突破に実力を発揮することが参政権獲得の段階になるとして総動員の旗振り役に転じた」という指摘もある。
 前回のブログにも書いたが、生半可な「反戦意識」は、いざ自分の国が戦争にコミットすれば、たちまち「国民と国家を護る」という錦の御旗の前に跪き、男女の区別なく、帰属意識として自分の社会的存在意義を実感させ高揚させるかたちで「国家総動員」の一翼を担うことになるのである。こうして先の戦争では女性を中心とした「反戦意識」は台頭しえなかったのである。
 自分が自分であることの意味や自分の社会的な存在意義というものはどのような時代にあっても生きる意味を与えてくれるものであるが、そこに「国家への帰属」という衣が掛けられるや、それは一つのおそろしい戦闘集団を形成させるのである。このことをよく考えねば、本当の意味での反戦意識は育たないであろう。前回のブログで指摘した「社会的公平感」と徴兵制の関係とともに、「民主国家」の盲点として肝に銘ずべきことではないのか?

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