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2014年8月24日 - 2014年8月30日

2014年8月30日 (土)

帰属意識を通して現れる支配的階級の思想(その1 国家と国民)

 これまで3回に渡って集団における帰属意識の問題を扱ってきたが、最後にそれらに共通する大きな問題を提起しておこうと思う。

 マルクスが「経済学・哲学草稿」で言っているように、共同体をつくって生活している人類は本来「類的存在」である。近代になって、共同体から独立した「個」という存在が意識されるようになったが、それは、商品経済社会の一般化にともなう、商品販売の自由という意識が社会常識となったからであるともいえる。もともと商品は共同体というものに拘束されない存在であり、自由に共同体間で売買されるものだからである。
 しかし近代的「個」は本質的に類的存在である人類が共同体の中で「個」を主張するというある種の矛盾を含んでいる。だから近代人の実存はいつも自己分裂にさいなまれているのだろう。
 そのことが近代的「個」の誕生と軌を一にしてできてきた近代的「国家」との関わりを考える上で重要だと思う。近代社会の経済的土台は資本主義経済であり、そのメカニズムは本質的に共同体の枠組みを超えた存在であり、今風に言えば「グローバル」な存在なのである。
 しかし、ここでいう「グローバル」とは「世界共同体」のことでは決してなく、「世界市場」のことである。資本は個々の商品、そしてそれを生み出し市場に送り出す個々の資本家や企業同士が国境を越えてグローバルな市場で互いに「自由に」競争し、そこでバトルを展開するのが本性である。そこには商品という「モノ」を通して諸個人の欲望を煽り、それを買わせることで経済を成り立たせる仕組みが土台になっており、個々の人間の存在も「買い手」としての個であって、無限の多様性と深い歴史を内包する個では決してない。
 ところが、本来バラバラに切り離されて「個」として生きてはいけない人間の本性は、自ずと何らかの形での共同体的実存が必要になる。それが疑似共同体(吉本隆明は幻想共同体といっている)としての近代的国家を形成させる原動力になっていると思われる。
 資本主義社会はマルクスが指摘したように、共同体としての社会に必要な生活財や生産財の生産は、「個人の自由」を旗印とした資本家が自ら生産手段を私有し、実際にそれらを用いて行われる労働は、自らの能力を商品として資本家に売り渡す(賃金労働として)ことで生活する労働者たちによって行われる。
 一見、互いに商品所有者であり対等な商品交換関係のように見えながら、実は、片方は労働の成果(生産手段を含む)を私有化する個人の集団としての資本化階級であり、他方は、自分の労働力(能力)しか所有していない(だから生きるためにそれを商品として売りに出さねばならない)人々の集団である労働者階級であり、前者が後者を商品関係によって支配する階級社会なのである。
 しかし、この社会共同体では、それを事実上支配している階級のイデオロギーが支配する。共同体は実際には階級社会でありながら、外見上はすべての「国民」が一体となって社会を構成する「国家」という形をとるのである。そこに近代的国家とそれを構成する「国民」という社会常識が生まれる。
 グローバルな市場においては、資本家同士のバトルは、個々の資本家企業間で行うことが基本であるが、それはやがて実質的に資本家階級が支配する国家どうしの利害関係の争いとなり国家間バトルに発展せざるを得なくなる。そこに絶えず戦争の危機が生まれる根拠がある。
 そしてすべての「国民」が平等に兵士としてその戦争に加わり「国家」を護るために戦う、という幻想的共同意識が生まれ、ナショナリズムが醸成される。だからそのような状況では「国民皆兵」や徴兵制は当然のものと見なされるようになる。大多数の人々はマンマと支配階級のイデオロギーに乗せられ、あるときにはすすんで悲惨な戦争の担い手になり、個人としては何の恨みもない「敵国」の人々を「国家」の御旗のもとで殺戮させられ、自らも死の危険にさらされることになるのである。
 帝国主義時代以後の近代的世界戦争はすべてこうしたバックグラウンドから勃発しているといえる。そしていままたそれが繰り返されようとしている。
 ひとつこれまでの世界戦争とは異なるのは、「社会主義」を名乗りながら実は一党独裁制による資本主義国となった世界最大の「国家」中国がその中心に存在することであろう。
 マルクスの目指した共産主義社会は、本質的に階級のないフラットな共同体であり、社会主義もそのような方向に向かっていたと思われる。しかし、やむをえずとった過渡的な形態であったはずの共産党指導体制が、スターリン以降の一国社会主義政策とともに、それを支配する党官僚いう形で固定化されてしまい、変質に変質を重ねてしまったのだ。
 こうした中で、「個人の自由がない社会主義」に対し「自由主義による民主制」が対置され、「自由な」選挙で選ばれた代表が国の政治を動かしていくという資本主義国のイメージが普遍化されてしまうのである。
 いうまでもなくマルクスが目指した共産主義社会は、そのような国家主義的独裁社会などでは決してなく、資本家階級の支配を脱して、本来の意味での自由な共同体を形成する社会であった。
 そこでの帰属意識は、共同体の必要とする生活財や生産財を生み出すための労働を各自の特性に応じて分担しあい、各自が自分の社会的役割を認識し、実感し、表現し、それによって生きる意味を得ることができる社会の意識である。そこには国家間の殺戮を「合法的に」遂行する戦争を容認する因子はひとつもない。だから戦争遂行組織としての軍隊での生活に自己の存在意義を実感した人々とはまったく異なる普遍的な共同体帰属意識が生まれ得るはずだ。
 要は、マルクスが掲げる「万国の労働者、団結せよ」というスローガンが示すように、各国で共通の立場に立たされている労働者たちが、国境を越えて互いに手を結び合える方向でなければ国と国との間での戦争を根本的に回避することはできないということだと思う。

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2014年8月26日 (火)

帰属意識と残虐性の合理化

先頃TVのニュースで、イスラム原理主義グループ「イスラム国」の戦士が捕獲したアメリカ人ジャーナリストを斬首する場面をインターネットで世界中に流したことが報じられた。恐ろしいことである。 しかもこの「イスラム国」の戦士はどうやらイギリス人らしいという話である。なぜこうした残虐な行為が可能なのか?

 これは彼らの「自爆攻撃」という形での自己犠牲と表裏一体の感覚なのではないかと思った。ある教義や集団への帰属意識の強化とそれを証明するための過激な行為であるように思う。
 欧米の人々はこれを非人間的で狂信的な行為という視点から批判するであろうが、もっと違った視点から人間というものを考える必要もあるのではないだろうか?つまりなぜそのような行為が彼らにとって正当な行為であるとして意識されるようになったのか?まして欧米系でもとは非イスラム系の人であったかもしれない若者がなぜそうなったのかが問題だ。
 個々のケースを見ないと分からないが、おそらくは彼らは欧米社会で何らかの形で疎外され、社会の中で自分の存在意義を感じさせられてこなかった人たちなのではないだろうか?それは貧困から抜け出せないう形であったかもしれないし、自分の生き方が受け入れられなかったということだったかもしれない。そうした状況が、その社会への反発を強め、「そうでない社会」への希求を生み、イスラム原理主義の世界へ彼らを走らせたのかもしれない。
 いったん、そのような世界に向かった以上、そこでの帰属意識を高めることがその集団での存在意義を生み、かたい結束を表明しようとする形になっていったのではないだろうか?そのような状況ではかつて自分たちがいた社会に帰属する人間に対してどんな残虐な行為を働いても許されるという感覚が育つだろう。
 これとはややことなる状況であるが、かつて太平洋戦争の最中に日本軍がフィリッピンの村を攻め落としたときに、その村の住人の目の前で、ある兵士が、みせしめに赤ん坊を空中に投げ上げ落ちてくるところを銃剣で突き刺したという話を聞いたことがある。信じられないような残虐行為だが、当時の状況において日本軍の中ではそれが許されたのだろう。
 このケースでは自分の帰属する軍隊が日本国のために命をかけて戦っており、それに抵抗した敵の人間にはどのような残虐行為を働いてもかまわないという意識があったのだろう。戦場はつねにこういう場面を無数に生み出すものである。
 集団への帰属と結束のために敵対する相手にどのような残虐な行為を働いても許される、ときには自分の生命を帰属集団のために投じても、それが自分の存在意義の表明であれば進んでそれを行おうとする意識をも生むのであろう。これが戦場の実態であり、人はそうした状況においておそらく誰でもそういう意識になってしまうのであろう。
 その行為は彼らが所属する集団や国家においては、気高い犠牲となったとみなされ、名誉の戦死として扱われるだろうが、その残虐行為によって殺された相手の人々の命の重さは忘れ去られてしまうのである。
 残虐行為を正当化させられ「英霊」にされてしまった兵士も、それによって無惨に殺された人々も、ともに戦争の不条理なそして悲惨な犠牲なのである。

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