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2014年11月16日 - 2014年11月22日

2014年11月22日 (土)

アベノミクス・2で日本経済破綻へ道を早める安倍政権

アベノミクスの3本の矢がバラバラになり、異次元の金融緩和を追加してお金をジャブジャブ市場に流し込んでも、一握りの大企業や高騰した株価で潤う投資家たちだけが「ウハウハ状態」になるが、3本目の矢である「成長戦略」がさっぱり軌道に乗らないことが分かった。中小企業は円安で輸入原材料が高騰し、販路も狭まり、従業員の賃上げなど到底できない状態だ。食料品や生活用品も輸入が多いので消費税増額の影響もあって、生活者はみな財布の紐を締めたままだ。あたりまえだ! だかた言わんこっちゃない。最初からこうなることは分かっていた。

 「アベノミクス解散」だと?笑わせるんじゃない。自分の間違った政策が必然的に失敗したといって、そのツケを有権者に負わせるとは何事だ。日本の経済を底支えしている労働者たちを馬鹿にするのもいい加減にしろ!
 いまのだらしない野党連合ではアベノミクスに対抗できる経済政策は打ち出せそうにないので、総選挙では多分また自民・公明政権が過半数を握ることになるだろう。そして安倍首相は「アベノミクス2」を打ち出すようだ。その内容は基本的にいまの政策と同じであろうが、より大資本・投資家優先の政策になるだろう。なぜなら彼らの頭の中には、大企業の国際競争力を強化することしかないのだから。9割以上を占める庶民の生活は大資本家などの儲けのおこぼれを頂戴すれば次第に潤ってくるというのが彼らの考え方だ。財政が逼迫する中で、大企業への税制優遇策は打ち出すだろうが、貧困化する生活者への社会保証に国家予算を削るなどということは考えもしないだろう。だから彼らにとってはさらなる消費税増額が必須の条件なのである。たとえ、一時的に延期してもこれなしにアベノミクスは成立しない。
  日本企業を売り込むために多額の公費を使って世界中を「トップセールス」して回った安倍首相が、大資本代表政権であることの象徴的姿であるが、その裏では、金融緩和でだぶついたお金を日銀に買い取らせて信用を何とか体裁を保とうとする政府の赤字国債の乱発で国の借金は膨大な額に達している(ちなみにドイツでは国債の発行を止めることにしたようだ)。
 このまま行けば、一年半後には日本経済は破綻の危機に立たされ、国債は暴落し、その借金のツケはわれわれに回ってくる。その中で消費税のさらなる増額が襲ってくるのだ。社会保証や年金制度は崩壊し、企業の倒産が激増するかもしれない。その中で一転して金融引き締め政策が強行され、公費削減と増税で、われわれは苦しい生活の中、国の借金を返すために献身しなければならなくなるだろう。
 そんなおそろしい近未来が今度の総選挙の結果次第ではやってくるかもしれないのだ。

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2014年11月20日 (木)

Designシンポジウム2014に参加して

 このところ身の回りにいろいろな出来事があり、このブログが疎かになっていた。気がついてみたらもう1ヶ月以上投稿していなかったようだ。

 予想通り、コケ始めたアベノミクスと突然の衆議院解散については別の機会に述べるが、その前に、デザイン関係の出来事について記しておこう。
 一つは、手前味噌であるが、私がはじめて本を出版することになったこと。「モノづくりの創造性---持続可能なコンパクト社会の実現にむけて」(海文堂出版)という本で、広島国際大の井上勝雄先生と共著というかたちになっているが、内容はほぼ99.9%は私が書いたものである。井上先生には出版社とコネをつけていただくことなどの面で大変お世話になった。12月中には巷の書店に出されると思う。この本については別の機会に詳しく解説するつもりだが、なにせ初めての出版ということで、いろいろ手間取り大変だった。
 もう一つ、11月中旬にDesign シンポジウム2014というシンポジウムが東大生研であった。このシンポジウムはもと東大総長の吉川弘之先生が提唱され、機械設計、建築設計、工業デザイン、情報科学、人工知能などの設計関連学会が横断的に共通の話題としての「設計問題」を取り扱うという目的で2004年に設立され、隔年ごとに開催されてきたシンポジウムである。立ち上げには私もデザイン学会代表メンバーとして携わった。しかし、いろいろな事情があって、2006年以来私はこのシンポジウムから距離を置いていた。
 今年は設立10周年ということで、私自身は発表はしなかったが、久しぶりにいろいろなセッションを覗いてきた。初期のシンポでの内容と比べて、少々盛り上がりを欠いていたように思ったが、ちょっと意外だったのは、Designの本質に関する論議の中で、ある人工知能関係の研究者が「主観」や「意図」の重要性を挙げていたことである。これに対して工業デザインの研究者はむしろ「デザイン科学」という言葉で象徴される客観性を重視しようとしているように見えた。
 実は私は上記に挙げた著書の中で、デザイン行為の本質における「目的意識」の重要性と主体的視点による問題把握の重要性を強調しているので、むしろこの人工知能研究者の見解に近い立場であると感じた。なぜなら、いま必要なことは、いかに設計するか、あるいは設計とは何か、という問題よりも、誰が何をなぜ設計するのか、という問題の方がずっと重要であると思えるからだ。
 実はいまデザイン学会では「デザイン科学事典」の編纂というミッションがあるようで、これは最近文科省による科研費項目の中に「デザイン科学」という項目が加えられたことと関連している。デザイン学会の関係者の大変な努力の結果、文科省が動いたのだろうが、私には「デザイン科学」というとらえ方がどうしてもしっくり来ない。
 そしてもうひとつ気になったことは、このシンポジウム最後を飾る吉川先生の記念講演「一般設計学の40年」での出来事である。
 吉川先生は40年にわたる一般設計学を巡る議論や研究の過程について述べられ、いまも一般設計学の前進を期すべく研究されていることについて触れられた。それ自体は非常に興味深かったのだが、講演が終わって最後に会場からの質問の時間に、ある若い研究者から「一般設計学では要求概念を実体概念に写像するということになっていますが、その場合、要求自体を問い直すことも必要なのではありませんか?」と質問した。私は思わずその若者を振り返って見た。なかなか鋭い質問で、むしろ私が聞きたかったことだったからだ。ところが、その質問に対して、吉川先生は、「そうですね、社会の中での要求を発見する専門家がいてもよいかもしれませんね」と応えたのである。私は、一瞬耳を疑い、そして「それはないでしょう!」と心の中でつぶやいた。
 吉川先生の中では、「要求」は誰かが探し出すものとして受け止められていたようだ。これは正にいまの資本主義経済体制での市場を介した人工物の生産・消費メカニズムという矛盾へのもっとも重要な課題なのだが!
 というわけで、皮肉にも私は新旧の「設計論」を巡る状況の概略が何となく把握できたような気がすると同時に、まだまだやらねばならないことが山ほどあるという感じになったのである。

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