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2015年2月23日 (月)

「資本」について考える(その3: 「格差社会」の進展)

 こうして戦後の一時期日本の資本主義社会が「高度成長」を遂げ「経済大国」となって「分厚い中間層」を生み出してきたことがいわば「あるべき日本社会のモデル」と見なされ、それを「取り戻す」ことがいまの政治家達の目標になっているように見える。しかし、その底流には、落ち目の日本に「誇りと自信」を持たせ、「毅然とした」外交姿勢で「国益」を護る(憲法改定による国防軍の創設に直結する思想)、という思惑があると思う。そして残念ながら多くの労働者たちもこうした思惑に流されつつあるように見える。

 ピケティーの功績は、こうした「あるべき日本社会のモデル」が幻想に過ぎないという事実を突きつけたことであろう。これは200年にわたる近代資本主義社会の展開における一時的エピソードに過ぎず、実は資本主義社会発展の歴史全体としては、資本家階級と労働者階級の間に横たわる溝は深まるばかりなのだ。資本論をおそらくまじめに読んでいないピケティーにはこれが「所得格差」の増大と写ったのであろう。
 しかし、ここで最大の問題は、かつて20世紀前半に資本家階級と労働者階級の溝が極限まで深まっていったときに労働者階級には、社会主義運動というバックアップがあり、その国際的な高まりが、資本家階級を窮地に追い詰めていた。残念ながらそれは当時の社会主義運動の指導部の決定的誤りが大きな要因となって第2次世界大戦という悲惨な結果をもたらしてしまったが、その後戦後のいわゆる「冷戦時代」にも社会主義圏の存在が資本主義社会にとって大きな脅威になったいた。そのような状況の中で初めてケインズ型資本主義社会が生まれ、労働者階級への「格差増大」を防ぐことが政治的課題となっていったといえる。そしてそうした状況がいわゆる社会保障の充実という政策を打ち出させ、それを保証するための「消費駆動型」資本主義経済(これは資本主義経済のひとつの矛盾であるが) を生み出したといえるのである。
 ケインズ型資本主義体制に始まる「消費駆動型」経済はそののち社会主義圏経済の引き続く失敗を背景に新古典主義者などによる「新自由主義経済」を生み出しながら、徐々に本来の資本主義社会の姿に回帰していった。
そして20世紀末の社会主義圏の崩壊の後、それは、「資本主義社会の最終的勝利」と受け止められ、資本主義社会こそが「ワールドスタンダード」であると受け取られるようになっていったのである。それは一方で崩壊した社会主義圏を資本の市場に巻き込み、資本の「グローバル化」を生み出した。その中には鄧小平の「改革開放政策」により資本主義経済を導入した中国も含まれることになった。
 こうして資本は再び全世界を覆い尽くし、そこでは軍事技術開発などを引き金として驚異的な速さで進んだ「技術革新」によって生じる莫大な相対的剰余価値の増大とその蓄積であるグローバルな流動過剰資本が金融資本などを通じて世界中を動き回り、次々と、低賃金労働の国々がターゲットとなっていった。
その中で、日本もかつてのような「モノづくり」を中心とした価値生産国としてではなく、アジアや中南米、アフリカなどでの低賃金労働者が生み出す膨大な剰余価値を激しく奪い合う国際市場競争に投げ込まれ、モノをつくるのではなく、資本の輸出(投資)によるその見返りによって経済を成り立たせる国へと変貌していった。そしてそのなかで、資本を持つ者が急速に蓄財し、持たざる者は急速に貧困化していき、当然のこととして所得の格差が拡大していったのである。
その中で資本家代表政府である現政権は、「格差」を縮めるための資金と称して、社会保障をカットし、労働者の生活費から取り上げる税金を増やし、法人税を減税し、労働者の立場を護るための雇用や労働形態などに関する規制を破り、労働者から剰余価値を思い切り収奪しやすくさせることによって資本家たちを太らせ、企業への「賃上げ要請」などという形でそのおこぼれを貧困層に分け与えさせようとするかのようなポーズを取って誤魔化そうとしているのである。
 いまこの「格差」の階級的根拠を論じる識者はほとんどなく、もっぱら税制による改善を現実的な課題として論じることが風潮になっている。
だが本当にそれで良いのだろうか?

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