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2015年2月 5日 (木)

ピケティーに問う、「格差」とは何か?

ピケティーが資本主義社会と格差の問題を取り上げ話題になっているが、実は彼は資本とは何かということも理解していないし、格差とは何かということにも深い考えを持っていないようだ。

資本については別の機会に述べるが、ピケティーをはじめとしていま言われている「格差」とは何なのかを少し考えてみよう。
 格差とはある同じ測定基準がある場合に、その差をいうのであって、量的な基準がなければ「差」は問題とならないはずだ。では言われている「格差」とは何を基準としているかといえば、獲得するお金の量で測ることに出来る「所得」あるいは「収入」であろう。そのランクの高い人と低い人の差を「格差」というのだろう。
  しかし、ここでは「人間とは何か」という問いは一切ない。だから富裕層からお金が溢れ出て下々の者たちが潤えば「格差」が縮まり、それでいいのではないか、という「トリックルダウン」の考え方が出てくるのだ。これでは奴隷社会であっても奴隷がそこそこ生きて行ければそれでいいではないか、というのとほとんど同じである。
 問題は、支配者と奴隷という「関係」である。そのような関係のもとで「人間とは何か」という問いが忘れ去られてしまっては、社会は絶対によくならない。前にも書いたが、資本主義社会というのは、それが歴史的にどのように形成されてきたかを見れば明らかなように、社会を維持するためにその社会で必要なものを生み出してきた人たちが、その生産手段を奪われ、それが一部の人々によって私有されてしまうことによって生まれてきたのである。そしてその動機は「お金を儲けるため」である。その結果、世の中で生み出されるものはすべて「商品」となり、商品所有者である資本家がそれを売ることによって成り立つ社会ができてしまったといえるだろう。
  資本主義社会は外面的には奴隷社会ではないが、その社会を維持するために働く人々とその人々の働きを市場を通じてお金儲けのために支配している人々がおり、後者が前者を実質的に支配しているのである。そこでは世の中のために働く人々の労働力(能力)までもが労働市場において商品として扱われるのである。俗にいうところの「就職戦線」や「就活」である。
 世の中のために働く人々が、自分の能力をその働きの種類によって発揮することが、いわば社会の中での自分の存在意義となり、「自分とは何か」という自覚を持てるようになるのであって、その個々の人々の「自分とは何か」という自覚の上に「人間とは何か」が理解されるのだと思う。だから個々人の能力には質的な違いこそあれ量的な差や基準はないはずだ。
 しかし、資本主義社会では労働力は資本家の儲けにどれほど寄与できるかで判断される賃金の額という尺度で測られ、高賃金の人はあたかも世の中で重要な存在意義を持っているかのごとく見られてしまう。
 これがいまの資本主義社会での「格差」の根源にある人間観である。稼ぐお金の額で人々が差別化され、そこからは人々が一人一人もっているその人固有の能力を社会に必要な能力として認め合う視点は失われてしまう。人間の能力は単なる商品としてみなされる。これが資本主義社会なのである。
 ピケティーさん、あなたはそのことをどう思うのか?聞いてみたいところだ。

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コメント

 ピケティの「21世紀の資本」は、富者に課税することで、格差を解消する方式が必要であると云う。200年の富者・貧者の取得した財産の差のデータから、その差が広がっていることをグラフで示し、将来の差の拡大が何か問題になると憂いて見せる。日本のブルジョワジーも多少の関心を見せ、安倍も国会質問に、改めて賃金アップを財界に要請すると云い、財界も努力すると云う。なんじゃこれは。資本の拡大維持のためのサポート役を演じているだけではないか。

 マルクスがたっぷりと示して批判した俗流経済学者の心象論と同じである。最もよく該当する例としては、地主と農業労働者の各取り分決める数式を考案した、フォン・チューネンの論であろう。(資本論第25章第一節(15)本文注10 (英語版)) マルクスは、全く幼稚である。と、にべもない。

 資本集積の生産過程も、分からずに、その現象の表面的観察で論じるとこの程度のものにしかならないと云うことがよく分かるだけである。階級闘争のこれからの進展を描くなどはできない相談であろう。

 本物の資本論を。読む以外の道はない。と、分かるところである。

投稿: mizz | 2015年2月 9日 (月) 23時29分

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