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2015年3月20日 (金)

「資本」について考える(その7:資本主義以後の社会について−1)

 資本主義社会がいまその矛盾をさまざまな形で露わにしていることは明らかであり、ただ資本主義社会を普遍化しようとする支配的イデオロギー(つまり資本主義社会のイデオロギー)がそれを覆い隠しているに過ぎない。では資本主義社会の矛盾はどのような方向に克服される得るのか?それについて何回かに分けて考えてみようと思う。

 マルクスは資本論第1巻第24「いわゆる原初的(本源的)蓄積」の中の第7節で次のように述べている。「この変革プロセス(資本の前史である自律的農民や職人からの生産手段の暴力的収奪による変革---野口注)が、それまでの古い社会を破壊するほどの深さと規模に達し、労働者がプロレタリアになり、彼らの労働条件が資本に変容するとともに、そして資本制的な生産が自らの足で自立できるようになるとともに、労働のさらなる社会化が発生する。土地やその他の生産手段は、ますます社会的に活用される共同の生産手段に変わり、私的な所有者の収奪がさらに進んで、新しい形態をとるようになる。収奪されるのはもはや自営の労働者(資本主義以前の自立的農民や職人などのこと---野口注) ではなく、多くの労働者を搾取する資本家の側なのである。」そしてマルクスはさらに資本制的生産に内在する法則である資本の集中の法則によって、資本がますます少数の巨大資本家の手に集中するとともに一方で貧窮と抑圧と隷属と退廃と搾取がますます強まり、労働者の憤慨も高まることを指摘し、「資本の独占は、それとともに、またそのもとで繁栄してきた生産様式そのものの枷になる。生産手段の集中と労働の社会化は、その資本制的な覆いに耐えられなくなるところまで進む。そしてその覆いが破砕される。資本制的な私的所有の終わりのときを告げる鐘が鳴らされる。収奪してきた者たちが収奪される。」そしてさらに「資本制的な生産様式から生まれてきた資本制的な所有形式である資本制的な私的所有は、みずからの労働に基づいていた個人的な私的所有の第一の否定である。しかし、資本制的な生産は、自然過程と同じ必然性によって、みずからの否定を生み出す。これは否定の否定である。この否定の否定は、私的所有をふたたび作り出すことはなく、資本制時代に実現された成果に基づいた個人的な所有を作り出す。これは、協業と土地の共同所有と、労働を通じて生み出された生産手段の共同所有に基づいた私的所有である。」(中村元 訳 日経BPクラシックスシリーズ版資本論より引用)
 このくだりは示唆に富んだものであり、私はこのマルクスの言葉に触発されて、近著「モノづくりの創造性---持続可能なコンパクト社会の実現にむけて」(海文堂出版)の第1部、5-2章「次世代社会のアイデアスケッチ」の部分で述べたような考え方を得た。
そこから得た結論は、資本主義社会のさまざまな物質的成果を受け継ぎながら、「自立分散的でフラットな共有生産システム」により消費者が直接生産的労働を行い「必要なモノを必要なだけつくることで成り立つ社会」であり、コンパクトで本質的に持続可能な社会である。次世代社会の在り方を真剣に考える若い人たちに是非読んでいただき、一緒に考えて欲しい。
 しかしそのような次世代社会をどのように生み出すのかは、マルクスが上に引用した部分の最後で「すでに社会的な生産経営に実際に依拠している資本制的な所有が、社会的な所有に変革されるプロセスは、それほど長期的でも、過酷でも、困難でもないだろう。最初のプロセス(資本主義以前の社会から資本家が登場し、資本主義社会が成立して行く過程---野口注)では少数の強奪者が多数の民衆を収奪したのだが、第二のプロセスでは多数の民衆が少数の強奪者を収奪するのである。」と述べているほどには簡単ではないだろう。
 それはたしかに「歴史的必然」であるとはいえ、ただ待っていてもそれはやってこない。われわれ自身がそれを実現させるのであり、しかも様々な歴史的条件や、偶発的なできごとによって左右され、あらかじめ予測されるものではないからだ。現に、マルクス以後の世界で、その思想のもとで反資本主義への組織的運動が起き始めて以来150年が過ぎ、その間にさまざまな紆余曲折や苦難の歴史があり、そしていまのわれわれがあるのだから、そこから学ぶべき事を学ばねばならないだろう。
 だが、決してあきらめてはいけない。まずはいま世界を覆い尽くしている既成の資本家的イデオロギーから解放されることが必要であり、そして次には意識ある人々の連帯と団結が必要となるだろう。

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