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2015年5月11日 (月)

これから私たちはどう生きるべきなのだろうか?(その3:1975年以降の社会と自分)

1975年には当時の国鉄が数日間にもわたる「スト権スト」を打った。そしてその間首都圏の国鉄がほとんどすべて止まったのである。これに対して世論は賛否両論あったがそれはもう20年前とはまったく異なる状況であった。そしてその後、日本の労働運動も学生運動も急速に萎んでいった。

 私はその年に結婚し、やがて二人の子供を得た。共稼ぎ夫婦での子育てと家計の切り回しが最優先課題となり、それは大変ではあったがそれなりに充実した時間であったと思う。そしてそのような状況で私の職場の状況も変化し、私は再び助手としての実務を与えられ大学での研究・教育に邁進するようになったのである。

 1980年代は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と持ち上げられ、国内では「何となくクリスタル」という言葉に象徴されるような派手で過剰な文化が支配的となり、「バブル」の時代と言われた。この時代に乗じて一部のデザイナーはいまでは信じられないほどの高収入を得ることができたのである。 かつて「スト実」で学生運動を推進していた学生達はみな大学を卒業し、それなりの仕事に就いていった。いまから考えれば私を含めてこのバブル社会に呑み込まれていったのである。
 私についていえば、その中で10年以上の歳月をかけて、1990年代の中頃には、「デザイン発想支援」という独自の研究ジャンルを生み出し、それによって一応その道の専門家としての地位を築くことができたのである。
 その後1990年代になってこのバブルははじけ、日本の経済は一気に坂を下り始めることになった。しかしその暗転する状況でも、資本家を初めとする富裕層は「ITバブル」に期待を託すなど、ひたすら自分の富を護ることに奔走する一方、世界的には、「社会主義」を標榜していた国々の政権が硬直化した経済や官僚組織の矛盾が限界に達して崩壊し、「東西冷戦」は終わりを告げた。その影響もあって、日本の労働者や学生の多くは、もはやかつてのような高い意識を持つこともなく、ただひたすら自分の個人的興味を求めるようになっていった。そして私自身も学者としての実績と地位をもとめてひたすら努力を重ねたのである。
 こうした 1960〜80年代の日本では、いうところの「分厚い中間層」が形成され、労働者たちはほとんどが「中産階級」としての自覚を持つようになり、言い換えれば「小市民意識」に染め上げられてしまったのだ。それは諸個人がバラバラな「自由な個」であり、それぞれは自分のやりたいことを目指して生きることを理想とし、その機会が平等に与えられ、それらのアトム化した個人が勝手な振る舞いをしないように「国民全体の利益と権利を代表する国家」による法的な枠によってそれを統制していくというイメージが世の中の普遍的な姿として定着していったのである。
  しかし現実には「国民」とは本質的に対立する関係にある二つの階級の矛盾を覆い隠し「自由で平等な権利をもつ」諸個人として括ってしまったものなのである。そして国家は事実上労働者階級を支配する資本家を中心とした階級の利害を代表するものとなっているのである。この事実はその後次第に明白になっていく。
 やがて、21世紀がやってきても再びあの「何となくクリスタル」な社会は戻って来ず、「ジャパン・アズ。ナンバーワン」はまぼろしとなり、資本家的財力もナンバー2からやがて中国に追い越されてナンバー3まで落ちていくことになる。そして労働環境は悪化し、「規制緩和」と称して労働者を護る法律や組織は空無化され、「自由に好きな仕事が選べる」と称して非正規雇用が増やされ、労働者たちは不安定な生活を余儀なくされ、やがてかつての中間層から貧困層に落ちて行く人たちが年々増えていった。
 自民党を初めとする日本の長期にわたる保守政権がもたらしたこのような結果に対して、人々は疑問を持ち始め、選挙で一時政権交代が実現した。しかし、このとき政権をとった民主党をはじめとする、いわゆる「リベラル派」も実は同じ穴のムジナであり、「コンクリートから人へ」などというスローガンにもかかわらず、結局は資本家を中心としたいわゆる財界が景気を回復しなければ「国民」の生活はよくならないとし、一方で増大する社会保障への対応や税政の矛盾などとの間で板挟みとなり、沖縄問題でも右往左往した。そこに東日本大震災という自然界からの巨大なパンチを受け、あっけなく費え去ってしまったのだ。
 そして民主党政権失墜後に登場したのが安倍政権であり、安倍首相はこれまでの保守政権がもたらした過誤への反省もなく、かつての古き良きニッポンを取り戻すべく、憲法改定を射程に入れ、歴史の時間軸を逆方向にたどろうとしたのである。安倍政権は、「アベノミクス」を旗印に、とにかく大量に通貨を発行し、財界の富を増やし、お金の循環を早めることで「景気回復」させ、そこからのおこぼれで「国民」(ここでは労働者階級を指す)の生活を向上させようというのであるが、現実はいわゆる「格差」を増大させるばかりであって、しかもその政策によって日本は莫大な借金を背負うことになり、やがてはこのアクロバティックなお金のやりくりがつかなくなり、国家財政が破綻することは目に見えている。しかもそのツケはすべて国家財政のもととなる財を生み出してきた労働者階級に回されてくるのである! 
  現政権は人々にその事実から目をそらさせ、その真実を伝えるのではなく「すばらしいニッポン」 というイメージだけを植え付けるためのマスコミ操作を行い、その「すばらしいニッポン」を護り、「国益」(実は財界の富なのだが)を護るための軍事力を増大させることは当然、という世論を醸成し、そのために「国民」が「前向き」で「積極的」になるべきだとしている。いわゆるリベラル派も見事にこの流れに押し流されている。
  こうした政権の振る舞いに、巷の人々の中では「とにかく景気が良くならなければ何事も始まらないからね」とか「安倍さんは民主党と違ってブレずによく頑張っている」という評価をする人も多い。完全に政権の世論操作にコントロールされてしまったようだ。
 しかし、 かつての高度成長期を背負い資本家階級に莫大な富をもたらした労働者階級はいまではリタイアした高齢者集団となり、まったく不当なことであるが、社会保障の負担を増やすやっかい者扱いされるようになってきた。新しい世代の労働者階級である若者たちは高度成長でもたらされたはずの社会的富の恩恵を引き継ぐこともなく、高齢社会への負担を個人的に背負わされ、よい仕事に就くことも、結婚して家族を持つことも難しくなり 自分の将来や世の中に希望を持つこともできなくなって、ただ目前のバーチャルな世界に逃げ込んでいってしまっているかのように見える。
 そしてこうした状況全体が「高度経済成長経済政策」の結果であり、「分厚い中間層」だった人々のまぎれもない現実の姿である。ピケティーも指摘するように、あの 1960〜80年代の日本の「高度経済成長」とは資本主義経済発展の歴史で、さまざまな背景と条件のもとでたまたま現れた現象であり、労働者階級が一時的にその生活状態を改善できた(ただし消費資料商品の購買者として)時代であったのだと思う。
 労働者階級が、次々と購買欲をかき立てられ買った生活消費財に取り囲まれて、あたかも豊かになれたかのような錯覚に陥らされ、それによって自らを「消費者」として自覚するような小市民的生活にとらわれ、自分の個人的世界に没頭して生きるようになっている中で、 ときの支配階級を代表する政府や国家の方針に無関心となっていった。それによって、世の中の富はどんどん一部の富裕層に集中し、本来は社会全体の共有財になるべき富が「もう一方の国民」である資本家たちの富の獲得競争のために投じられて行くことで階級的「格差」はどんどん増大するばかりとなった。
  しかもそれは日本だけの問題ではなく、いま世界中の労働者階級がそのような状態に置かれているのである。そしてそれらの国の支配層を代表する政府の国家の間で世界市場の奪い合いが激化し、それぞれ「国益」をまもるために軍の増強を図りナショナリズムを煽っているのである。
 一方、すでに1970年代から問題になっていたことであるが、「経済成長」を支える過剰消費社会は、他方で本来人類全体の共有財であるはずの地球資源を資本家達が際限なく奪取し、その資源を用いて過剰な消費を生み出すため過剰に生産される過程で排出される廃棄物や過剰に生産された商品の廃棄による大気海洋汚染や自然環境の破壊をもたらしている。
  しかしいまの資本主義経済体制はもはや「消費の拡大による景気浮揚」なしには存在できない構造になっている。つまり持続可能な社会はこの体制では不可能なのである。この矛盾の中で、人々の物欲がかきたてられ無駄な消費がどんどん生み出され、そこに私の研究対象でもある「デザインの創造性」も利用されるのである。
 こうした状況の中で、私は少なからず自己矛盾に悩んだ。資本主義社会の矛盾に気づき、それを問題としてきたはずの自分が、その専門的領域において結局その矛盾を後押しすることになってしまっていたのである。なお、この辺のことは、野口、井上著「モノづくりの創造性--持続可能なコンパクト社会の実現に向けて」(海文堂、2014)という本の中で詳しく述べているので読んで頂ければ幸いである。

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