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2015年5月10日 (日)

これから私たちはどう生きるべきなのだろうか?(その1:近代社会の軋轢)

 これまで資本主義社会の矛盾とそれ以後の社会について書いてきたが、ここで、もう少し私たちの住む社会に対する総合的な視点から、私たちがこれからどういう生きて行ったらよいのかを考えてみようと思う。

 私たちが生活する社会は、いわゆる「近代社会」であると言ってよいだろう。この社会は、ヨーロッパでは13〜14世紀頃から徐々に始まった中世社会の崩壊とともに形成されていった。そしてアジアでの「近代化」はそのヨーロッパでの近代社会の成長が明確に資本主義社会としての姿を確立した19世紀頃からその影響(侵略など)のもとに始まったと言えるだろう。
 それでは「近代社会」とは一体何なのだろう?私はそれを構成する3本の柱として、<資本主義経済体制>、<近代的国家>、<近代的個人>を挙げようと思う。近代社会とは、この3つが中世の封建的社会の崩壊とともに登場し、それがあたかも歴史的な必然性を持って登場した社会の普遍的姿であるかのように見せながら、実は近代とは、この3者のとてつもない矛盾関係によって成り立つ文明なのだと思う。
 中世の封建的的社会のもつ宗教的イデオロギーのもとで、社会はそれだけでは成り立たないことを証明するかのように、徐々にそのリアルな姿を現してきた商人たちの世界と彼らが支配する商品流通でカネを稼ぐ仕組みとそれによる富の蓄積が、やがて商品経済社会への基礎を生み出し、宗教イデオロギーのもとで支配階級であった封建的王侯貴族による農民や職人への支配を根底から破壊して行くことになった。
 そしてその商人パワーがもっとも発揮されたのが、コロンブスやバスコ・ダ・ガマに代表される大航海時代に始まる世界を股に掛けた略奪貿易である。この略奪貿易は行き詰まりつつあったキリスト教の布教拡大というミッションをも受けて、南米やアフリカ、アジアなどにおいてヨーロッパ人たちによる現地の住民と文明への破壊と殺戮による侵略と略奪を推進した。
 その結果、大量に流入し、蓄積された莫大な富が、その後のヨーロッパにおける資本主義経済の礎となったのである。この過程で植民地獲得競争に参戦したヨーロッパの各国が互いに競い合う自らの王国のアイデンティティーを明確にし、そこに住む人々の結束意識を強めるために、「国家」とか「国土」いう概念を強調するようになっていったのであろう。
やがて封建的領主と農民の関係は徐々に崩壊し、自営農民の登場や商業的生産への農地の奪取や転換を通じて農民自身が自らの生活資料や生活用具をつくっていた自給自足的生産体制もまた崩壊していった。 そして王侯貴族の注文でその家具調度品や武器・城郭などをつくっていた中世的ギルドの職人たちは、土地を奪われた農民とともに商人パワーによる生産手段の奪取とその支配のもとで賃金労働者として雇用され、商品生産に即応した効率的な分割労働体制となったマニュファクチュアで生産に従事させられる労働者になった。
やがて分業にもとづくマニュファクチュアは資本家的により「合理化」された機械生産へと発展し、いわゆる産業革命を推進していくことになる。その中ですべての生活資料が商品としてつくられ、働く人々は自らの労働力を商品として資本家に売り渡すことで受け取る賃金によって自分たちが生産した生産物を「商品」として買い戻すことで生活しなければならない社会が形成されていったのである。その過程で労働者を雇用して働かせる資本家的経営者は、労働者が生み出す価値の大半を無償で獲得し、それを市場で販売することによって自らの利益として富を蓄積していくようになった。
 その一方で宗教的イデオロギーから解放されつつあった諸個人の意識も、自らの手で生計を立て、生きて行かねばならない状況と、自らの人生を自分で決めねばならない状況のもとで、そこに「近代的個」と言われる特有の実存が生まれる基盤が形成されていったのだと思う。
 当然商人や資本家たちもこうした近代的個の実存を自覚し、古い支配構造に縛られることなく自由に商売し、自由に自分の富を築けるようになる状態を希求するようになったのだろう。そこに「自由な競争」「自己責任」ということばで表される近代的個人特有の自己意識が形成されていったと考えられる。
 しかし、生産手段を持たず、それを所有する雇用者に雇われ労働力を提供することで得られる賃金によって生活資料を商品として買い戻しながら生活しなければならない人々における「個」と、自ら労働することなく、そこから生み出される商品を競争市場で売りさばくことによって得られる利益で富を築く人々の「個」は自ずとまったく異なる内容をもった「自由」と「自己責任」のもとに置かれている。被雇用者である労働者たちは否応なしに生産手段から「自由(free from)」にされているのであり、自らの労働力を買ってもらえる雇傭主を探し求める「自己責任」を問われるのである。ここでは賃労働者となることも、失業することも「自己責任」とされる。
 この二つの階級として決定的に 対立する「個」の矛盾を覆い隠す近代的イデオロギーが「自由で平等な社会」であり、それをひとつの「幻想共同体」としてまとめ上げたのが近代的国家であるといえるだろう。
 この近代的国家では、諸個人が平等な個人として扱われ、自由な競争で自己の利益を追求でき、自己責任において財産を形成できるとされる。そしてそうした「自由」を国家は保障するが、一方では対立矛盾関係にあるふたつの階級が同じ個人と見なされ、ともに「国民」として国家に義務を果たさねばならないとされる。そしてこの近代国家は、それが世界に於ける「自由な利益追求」集団としての機能を果たすために他国とつねに競争関係に置かれ、その「国益」を護るために国軍が必要となる。「国民」は「国威発揚」のかけ声のもとで、ナショナリズムをかき立てられ、自分たちと同じ立場で搾取されている相手国の労働者階級と手を結ぶこともできず、互いに殺し合わねばならない状況に追い込まれてしまう。その行き着く先には、産業革命によって生み出された近代兵器による大量無差別殺戮が待っている。
 このような悲劇は20世紀初頭のヨーロッパで第一次世界大戦として現実となり、悲惨な結果をもたらした。その過程で労働者階級の支配する社会を目指したレーニンらに率いられたロシア革命があり、世界のいっかくに非資本主義社会が登場したのである。 そしてそのときすでにヨーロッパでは「近代の終焉」が現実問題として語られたのである。
  しかし、その後、ヨーロッパ諸国とは異なる資本の蓄積過程を行ってきたアメリカを中心とした資本主義社会の新展開があった。やがて、ヨーロッパでの敗戦国から生まれた民族主義的国家主義であるファシズムと、労働者国家とは名ばかりとなったスターリンによる「社会主義国」のソビエト、そして後発資本主義国としてアメリカや西欧諸国の利害と対立関係を生じ出した日本などが、アメリカによって息を吹き返した西欧資本主義勢力とのあいだで三つ巴の戦いとして第二次世界大戦が引き起こされた。ここでも多大な犠牲が払われ、その屍の山の上にアメリカがソ連と対立しつつ戦後世界資本主義社会のあらたなリーダーとして登場したのである。
 私はこの敗戦後の日本におけるアメリカ的文化へのあこがれという雰囲気の中で育った最初の世代である。それは一方で自由で豊かな未来社会というイメージを持っていたが、同時に東西冷戦下での核戦争の恐怖に脅かされ、やがてその社会の内部にもとんでもない矛盾が渦巻いていることが分かってきた。
 次回ではこの私における実存的変化について述べようと思う。

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