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2015年6月14日 (日)

日本デザイン学会2015春季研究発表大会に参加して

6月12〜14日にT大学で開催された表記学会に参加し、研究発表を行った。

私の発表題目は「デザイン行為をどうとらえるか?」というもので、内容は人類がモノづくりを始めたときからあった「デザイン的思考」の本質について述べ、その歴史的変遷、特に近代資本主義社会特有のモノづくり体制の特徴を、生産手段と労働力の分離と資本主義的分業の結果として登場したエンジニアとインダストリアルデザイナーという職能のミッションの中に見据え、その背景に、あらゆる生活資料が商品として生産され、それを買うためのお金が必要なので生活者は労働力を売りに出さざるを得なくなり、生産の場面では資本家的ミッションのもとで「売るためのモノづくり」を行うが、生活においては「消費者」としてモノを買うために存在する立場にされているという資本主義的生活様式の矛盾があることを指摘した。
デザイン理論研究のスタンスとしては、その資本主義的生産様式におけるモノづくりに共通する矛盾と、それがグローバルなスケールに拡大したことによって生じる矛盾(経済活性化には消費の拡大が必要であり、消費を拡大すれば資源枯渇や地球環境破壊を引き起こすという矛盾)の存在を知りながら、いまあるさまざまな○○デザインという職能に共通する要素を抽出してデザイン一般を論じることによって、それらの矛盾があたかもデザインという職能を通じて克服できるかのような幻想を与えるような「横の抽象」による理論化ではなく、歴史的にその矛盾の根拠を遡って本来あるべきデザイン的行為の姿とその論理を抽出する「縦の抽象」という視点をもつべきであることを主張した。
 そしてさらに「横の抽象」から導き出されるデザイン行為の姿が、設計やデザインへの資本家的ミッションとして「要求機能」から出発するとすることの誤りを指摘し、なぜ作るのかという問題から出発すべきであることを主張した。そして、「売るための商品」をつくり市場の競争に勝ちぬいて資本を増殖させる手段として生産手段と労働力を用いるという資本家企業的視点における「目的と手段の逆転」を肯定することなく、生活者の視点からモノづくりの目的をとらえることにより本来のデザイン行為の姿を取り戻すべきであるという主張をした。この発表のプレゼンに用いたパワーポイントファイルは以下からダウンロードできるので、閲覧して欲しい。
 長年奉職したT大学に十数年ぶりに訪れ、いろいろな知人と話ができたことは有意義であった。特に懇親会でN造形大のSさんと「人間にとって未来が存在すると考えるのは間違えだ」という彼の主張を巡って議論を交わし、彼の深い考えを知ることが出来たことは良かった。
またかつて私の研究室でドクターを取った I 大学のTさんとも久しぶりにおもしろい話が出来、楽しい時間を過ごせた。
私の本「モノづくりの創造性」を読んでくれている人が何人かいて、これも私にとって嬉しいことであった。しかし、一方で私が半年以上も前に献本したにもかかわらず未だに何のレスポンスもくれない人も何人かいる。これは私の献本をまったく無視したか忘れたのか、あるいは内容を一瞥して意図的にレスするのを止めたかであろう。人様々である。

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