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2015年9月21日 (月)

日本認知科学会第32回大会に参加して

 9月18,19,20日の3日間、千葉大学で表記学会の研究発表大会があった。私も初日のオーガナイズド・セッション企画者の一人Kさんに誘われて「生活者に寄り添う認知科学:超高齢社会に向けて」の中で、企画者である名古屋大学のS先生の「高齢化社会におけるライフへの認知科学のまなざし」に続いて「超高齢社会におけるモノづくりの創造性」という講演を行ってきた。例の私の著書「モノづくりの創造性---持続可能なコンパクト社会の実現にむけて」で書いた内容を高齢社会の中でどう実践していくかという話である。

  残念ながら会場からの反応はいまひとつであった。しかしそれよりも私は私の前に講演されたS先生の話にひとつの感銘を受けた。それは、「若い人はこれから先の自分について考えることで希望を描くことができるが、高齢者には先がない。自分の死が遠くないことを悟るとき、そこから自分の人生を振り返ってみて、そこに何かを見るという立場になる。」というような話であった。私はそのとき、高齢者としての自分にとって「未来」は自分のものではなく、次の世代のことなのだということをもう一度痛感させられ、自分には「今をいかに生きるか」こそが問題なのだと思った。この切実感はおそらく私のような高齢者でなければ分からないだろう。
 このようなことがあってからか、この翌日の「フェロー講演」での佐々木正人氏の「アンビエント・コグニション」も非常に面白かった。特に、その中で、佐々木先生は、「周囲」とか「媒質」という存在との関わりの中での認知についていろいろな例を挙げて話をされたが、私の心にピンときたのは「解はできごとのただ中に周囲とともにある」という言葉と「固有性をもたらす周囲」という言葉であった。これがなぜ「ピンときた」のかについては機会を改めてどこかで書くつもりである。
 この日あったオーガナイズドセッションで「創造性のキモ」というのがあり、私の研究テーマとも関係していそうなので参加してみたが、大変な人気で会場からの質問も非常に多く活気があった。しかし私にとってはいまひとつピンとこなかった。
夕方からの懇親会ではKさんS先生、京都大学のS先生、三宅芳雄先生などとおしゃべりができ楽しい時間を過ごした。
 最終日、特別講演で歌人の川野里子氏の「からだと短歌」も面白かった。5-7-5-7-7の言葉の中にある「韻」と歌人の身体性との関係や、女性特有の身体的感性などの話があり、私には新鮮な内容だった。
しかし残念ながらその他の個々の研究発表の中には、私にとって「ピン」とくるものはほとんどなかった。どうもいまの認知科学会での研究は、それぞれに最新の方法や精緻な 手法を駆使した非常に水準の高いものであるにもかかわらず、それらの研究が全体としてどういう関連を持ち、なにを目指しているのかがさっぱり見えないのである。こう感じるのも私のような高齢者の特徴なのであろうか?

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