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2015年10月27日 (火)

過疎の農村で自立する農業者の実像

昨日、房総半島中程の過疎農村地帯に住み、単独で有機農業を営む友人I さんの家に稲刈りの手伝いに行ってきた。

 I さんは、もと IT技術者でコンピュータ関係の仕事をしていたが、中年になって結婚してから思うところあって脱サラし、房総の山の中にある小さな村落に住み、子育てをしながら農業を始めた。最初は山間の狭い谷地に合鴨を使った有機農業をやっていたが、最近付近の農家がなくなって耕作放棄地が増えたことから急増した野生動物に田を荒らされ、そこでの耕作ができなくなった。そこでクルマで山道を15分ほど下った広い平野にある田んぼの一角を借り、そこにあらたに田んぼや畑をつくった。
 そこは大して広くない田んぼであったが、そこに古代米を植え、それを収穫している。昨日はその古代米の稲刈りの手伝いにいってきたのである。
晴天に恵まれ、稲は手押しの稲刈り機でものの2時間くらいで全部刈ってしまったが、その間、自動的に束ねられて機械から出てくる稲束を拾ってトラックまで運ぶ作業をわれわれが行った。そのあと今度はまたクルマで山の自宅までそれを運び脱穀した。そのあと、脱穀した古代米を乾燥させるためにまたそれをクルマで平野の一角にあるビニルハウスの中に平らに拡げて乾した。さらにその後は、さっき脱穀したときに出た稲わらを再び田んぼの畦に並べる作業を総勢6人掛かりで手伝った。これらの作業はいくら機械力にたよっても作業者は相当な労働過重となるので、やはりある程度の人手があった方が良いことが分かる。農業を営むということは昔も今もなかなか大変なことである。
 途中おにぎり1個ずつの「小昼」をとったが、午後2時位にはすべての作業を終えて、I さんの家に戻り、2度目の昼食を摂りながら歓談した。その中でTPP問題が話題となり、これから小規模経営の農家はやっていけなくなりそうだという話になった。そこで私は、おそらく日本の農業にはいずれ外資系の農業資本が入り込み、小農地は併合され大規模農業経営となり、米農家の人たちは、そこに農業労働者として雇われて働くようになるのではないかと問うと、I さんはそうはならないという。それはこれから市場に出回る輸入米は国内米の5分の一位の価格で売られるだろうから、とても太刀打ちできないという。要するに米を製品としていてはいくら大規模経営でも競争できず、結局、より高価な付加価値をつけた商品(バカ高いブランド米など)を目指すか、あるいは加工食品として売るしかないだろうという。現にI さんももう米を農協や市場に出すことはせず、それをモチに加工して売ることで何とか収支が成り立っているのだそうだ。私はなるほどと納得した。
 結局、TPPが実施になればわれわれ富裕層でないフツ—の人たちは、市場で外国産の米を買って食べることになるだろう。弥生時代から 2000年以上続いた日本の米作りはここに終わることになるのだ。そして日本人の食生活は大部分が輸入品となるだろう。
 しかし、世界を見回すと、グローバルに過剰消費経済が拡大し、いま世界全体で食料が供給減になりつつある。やがて食料品は高騰し、われわれの生活が圧迫されるだろう。しかし、 TPPで、世界中の貧しい人々に新薬を安く供給することを拒否したアメリカの製薬業界と同じくグローバル農業資本もこの食糧難を、 「ビジネスチャンス」とみてボロ儲けを目論むだろう。また食料品の輸出入が国際関係の外交戦略手段にもなるだろう。
 そのような状況になってもI さんの様な自立農家は生き残れるのだろうか?私は内心心配だったが、しかしいまそのことを話題にすることは避けた。
 「経済成長」を至上命令とする安倍政権のもと、いまかつては世界にその技術を誇ったモノづくりもインフラ、軍需関連産業以外は日本から出て行き、もっとも基本的な産業である農業も外国産に頼ろうとしている。その一方で、観光やスポーツ・エンタテイメント産業などの(要するにどうでもよいような)第3次産業や外資と結びついた金融業などが莫大な利益を挙げ、多くの人々はそういう企業に「非正規雇用」としして雇用され生活することになるのかもしれない。
 あの赤塚不二夫がもしいま生きていたとしても「これでいいのだ!」とはとても言えないだろう。

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