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2015年11月22日 (日)

テロリストの実存を考える

 ある西欧のジャーナリストがISに潜入し、危険を冒して現地での取材を行った際、北欧のある国からISのジハードに参加した若者へのインタビューで、彼が「ここにきて初めて自分の人生を生きていると感じることができた」と語ったそうだ。彼らは一つの使命感をもってテロを行い、それによって命を失うことをむしろ喜びとしている様に見える。これは一体何を意味するのであろうか?これはかつて太平洋戦争で大日本帝国護持のために死んでいった特攻隊員がもっていた実存感覚に近いものであろうか?

 いまのヨーロッパでは多くのアラブ系・イスラム教徒の移民たちが彼らの住む西欧の社会において、日々の生活の中で明らかに彼らの信じる宗教や言語への差別や軋轢を受けつつある状況で、そこに自分の人生を生きる場所がないと感じるのは当然であろう。そこにISからの巧みな勧誘があれば、それに乗せられる可能性は非常に高い。
  しかし、そうであっても、そこから殉教者としての無差別テロを行い、そこで自分も死ねるようになるまでの距離はかなり大きいのではないかと思われる。そこには人間が共同体との関係において自分の生きる意味を感じさせる「使命感」というものが大きな役割を持っいるように思われる。特攻隊の場合もやや異なる意味ではあるがそうであったと思われる。
 「使命感」は社会における自分の存在意義とそれが持つ共同体との絆を生み出す人類に共通な自己確認意識(自分が何者であるかを納得できる意識)を基礎にしており、明らかにそれを感じることができる場合に自然に生じるのが使命感であるといえるが、その使命感を政治的、宗教的支配者はその虚偽性をもつ支配を正当化するために巧みに用いるのである。
 実は、ISの思想とはまったく反対の様にみえる「自由・平等」な市民社会における自分の「使命感}も真の共同体意識ではないと考えられる。それは社会の生産から消費まですべての経済的基盤を利益獲得の道具として支配している資本の意志としての「自由・平等」であり、市場での自由競争に勝つための「自由」であり、そこで彼らの利益の源を生み出している賃労働者としての存在を、あたかもそれが資本家たちと供に社会的使命を担う普遍的市民としての位置であるかのように置き換え、そこに「企業戦士」としての使命感を持たせようとするのである。そしてそこからドロップアウトした下層労働はブラック企業の獲物となり、失業者はあたかも救済の対象でしかない「社会の手足まとい」扱いを受け、生きる意味を見失っていくのである。
  だから当然そこにある虚偽性が、「市民社会」に生きる労働者階級に自分の生きる意味を感じられないような状況をもたらす。そしてそれを補うような支配的イデオロギーの一環としての宗教的倫理観を植え付けようとするのである。カトリック聖職者のいう「置かれた場所で咲きなさい」はその典型である。その意味ではジハードとカトリシズムには対極的意味での共通点があり、疎外された自己の正当化を同じ平面で対極的形で行おうとしているように思える。一方は極端に過激な排他的自己正当化により、他方はあきらめと従順の自己正当化により。ただカトリシズムの方は、「自由・平等」を謳ったフランス革命で一時圧迫されたとはいえ、西欧ブルジョア(市民)社会のもつ虚偽性を覆い隠す役割を持たされていままで生きのびているのである。
 マルクスの「万国の労働者、団結せよ!」というスローガンの背後には、こうしたブルジョア的虚偽の自由平等の水準を遙かに超えて、本当に社会においてそれを支えるために働く人々が「国家」の壁を超えて初めて得られる、自分たち自身による本来の絆の中に、真の人類社会としての使命感を持つことが目指されているのだと思う。
 テロリストたちが本当は自分たちと同じ立場にある「市民」を無差別なターゲットとして一方的に殺戮するという悲劇はもう繰り返さないでほしい。労働者階級の本当のターゲットはもっともっと巨大な相手であり、世界中の富の90%以上を握って「民主主義」という顔つきで国家をも乗っ取り、国際政治を操っている「怪物」である。これにはテロなどでは到底かなわない。いまは国境内に閉じ込められて孤立し互いにナショナリズムに染め上げられて対立している圧倒的多数派の労働者階級が国境を越えて互いに手を結んで、互いに殺し合うことなしになしこれに対抗するしかないのだと思う。

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