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2015年7月12日 - 2015年7月18日

2015年7月18日 (土)

閑話休題:新国立競技場

落語を一席

クマ「おい、ハッツアンおめえゆんべのテレビ見たか?」
ハチ「オリンピック・スタジアムのことか?」
クマ「おう、安倍ちゃんがでてきてよう「新国立競技場のデザインは白紙にもどします」だってさあ、あきれてものがいえねよ」
ハチ「そういえば「未来を想像させる斬新なデザインで、国際的に認められた案なので当初予算より多少余分にお金が掛かっても基本デザインを変更することはいたしません」とかなんとか言ってたのはついこないだだったよな」
クマ「おう、都知事も反対してたが安倍ちゃんに何とか言いくるめられて手を下げたようだったが、それより3000億ものカネを誰が支払うか知ってるか?」
ハチ「株で大もうけしたどっかの超富豪が出すのか?」
クマ「ばかやろー! 俺たちの税金から支払うんだよ!」
ハチ「え?マジかよ?」
クマ「アタボーよ、ベラボーメ。それなのに俺たちの意見も聞かずに勝手に金食い虫の大げさな競技場つくることに賛成して、クレームがつくと、そう簡単には変更できません、とかいって言い逃れしていたのに、いよいよ反対意見が大きくなってきたら、安保法制でゴリ押しして人気急落したのであわてて「白紙に戻します」だって、聞いてあきれらーな」
ハチ「ゆるせね〜!オレっちはここんとこまともな仕事もなくて、汚ねえ仕事にも手を染めねーと食っていけなかったんだぜ。 それなのにあんな馬鹿げた競技場のためになけなしの税金からそれを支払うなんて、マジゆるせねー!!」
クマ「おう、ま、これで少しは安くつくる方向に行くんだろうが、それにしても税金収めてるオレっちの気持ちなんぞぜーんぜん分っちゃいねーんだ。 そいでよー、安倍ってやろうはいつも「責任はすべて私にあります」とか言ってよー、まるで自分が世の中のすべてを仕切っているような言い方をしやがる! まったくゆるせえねー!」
ハチ「あんなやろーが「アベノミクスで経済を成長させればみなさんも豊かになれます」なんてったって誰が信用するもんか!」
クマ「おうよ、そんならアベノミクスとやらで上がった株で大もうけした野郎が新競技場の建設費みんな払えばいいじゃねーか」
ハチ「オレのもってるカブはちっとも高くならねーけど」
クマ「なんだオメー株もってんのか」
ハチ「ああ、3日前に八百屋の安売りで買ったカブでもうしなびちゃったよ」
クマ「.............................」

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2015年7月16日 (木)

歴史は繰り返すのか?(その2)

ついに安保法案が衆議院で強行突破されてしまった。

ここで、いささか私事に関わることなので忸怩たる思いもあるが、前回のブログで書いたことの補足と、その後考えたことを記しておく。

 私は1960年の第一次安保闘争には積極的参加しなかった。だが1970年を挟んだいわゆる70年安保闘争には積極的に加わった。当時大学院を修了したばかりの私は大学に助手として残ることが決まっていた。しかし、学生達との何日にもわたる徹夜の討論の中で、私は彼らの主張の正しさを感じ取り、学生達とともに闘争に加わる決心をした。自主ゼミを開講したり、国会周辺のデモに参加し、官憲から暴力をふるわれたこともあった。しかし、やがて学生の運動は一方で過激さを増すとともに、同時に大衆の支持を失い、敗北していった。私は学生運動に関わったことを理由にそれから11年間にわたり事実上業務から外され、「干され」続けることになった。30歳代は研究者としてもっとも成長できる時期であったが、私はそれを完全に失った。何のために自分が存在してるのかが分からないということはつらいことであった。しかしもとより覚悟の上でのことであったから耐えるしかなかった。その間私はマルクス関係の本を読みあさった。
 幸いにも40歳を過ぎた頃、私はある教授のお陰で業務に復帰することができ、それから研究者として自立するための必死の努力をした。そしてなんとか大学での研究歴と職歴を重ね、10年ほど前に定年を迎えたのである。
 その間、世の中はバブルを挟んで「なんとなくクリスタル」なのに「限りなく透明に近いブルー」な時代を経て、長期の不況という事態に入り、学生達の就職もままならなくなっていった。一方で人々はほとんどが「中流意識」を持つようになるとともに他方ではいわゆる「格差社会」化が進んでいったのである。しかし多くの若者達は社会の動向や世界情勢への関心から遠のき、漫画やゲームに血道を上げ、中年層も、「IT革命」の中でビジネスに埋没していった。
 私はリタイアした後になって、自分の専門領域(デザインの創造性に関する研究)のもつ矛盾に悩み出し、悶々としながら再びマルクスの資本論と取り組む日々が訪れた。
 そのひとつの結論が「モノづくりの創造性---持続可能なコンパクト社会に向けて」(海文堂 2014)という本に書いた内容である。しかし、もちろんそれだけが結論でないことは充分に承知している。私の悩みはまだまだ続くだろう。
 そしてかつて学生運動を担っていた仲間たちは、いまやほとんどが「ノンポリ中間層」となり、もっぱら趣味の世界に生きているのを見て、実に苦々しい思いをするのである。
 結局、 安倍は「安保条約もPKOもあれだけ反対があったのに、いまは国民のほとんどが当然のことのように許容しているではないか」と言いたいのであろう。そしてまさに過去の反対運動はそのような結果を生んできたのである。「経済大国ニッポン」が音をたてて崩れていく中で、矛盾と腐敗だらけになった自民長期政権はいったん崩れるべくして崩れたのだが、それに取って代わろうとした民主党政権の見るも無惨な崩壊と敗北が安倍政権のいまをもたらしたのだ。「ほかの政党よりましだから」という理由で自民・公明同盟に投票した多くの人々はいまになって安倍政権の本性を知り、「なんとなくリベラル」な意識をよみがえられ、安保法案への反対運動に加わっているのかもしれないが、それは安倍政権の手のひらの上で展開されているデモでしかないのではないだろうか? 安倍はしばらくはガス抜きをやらせておけばいいと考えているにちがいない。そんな事情もあって、私はいまの安保法案反対のデモに加わることに積極的になれないのである。
 もちろん反対運動そのものに異議を唱えるつもりはない。もっと盛り上がってほしいと思う。だがしかし前回選挙で安倍自民党とその同盟である公明党を「なんとなく」支持した人々が多数派を占め、議会では安倍政権が提出する議案のすべてがどんどん可決されていってしまうことになるのはその必然の結果なのだ。いま安保法制に反対する人が60%を超えたそうであるが、ならば何故あのとき自民・公明に投票したのか? それへの反省からしか新たな状況は生まれないだろう。
 残り少ない人生でどこまでの「結論」が出せるのか分からない。しかしそこに向かって歩むしかないと思う。

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2015年7月15日 (水)

歴史は繰り返すのか?

いよいよまもなく衆議院で「安保法制」法案が強行突破されようとしている。思えば1960年にもこれとよく似た状況があった。安倍現首相の祖父である岸信介首相が、安保条約改定を、人々の反安保を叫ぶ大デモや運動を無視して強行採決したときだ。私は当時大学に入学したばかりだったが、デモに共感しながらも参加しなかった。同級生がデモに参加し、警察に捕まったことを覚えている。そして今回も私はデモに共感しながらも参加していない。なぜか?

 あの60年安保反対の大デモンストレーションの中で、人々は大勢の仲間と一緒にいるという繋がり感や意識の共有感を持てたのだと思う。そして今回もだ。これは非常に大切なことであり、必要なことだと思う。しかし、60年安保の強行突破の後に訪れた反対運動の担い手の虚脱感、虚無感を忘れることができない。そして今回もまたそれを繰り返すことが目に見えている。
  岸政権もそうであったように安倍政権も「のど元過ぎれば熱さ忘れる」という事実を見据えている。決まってしまえば、あとは反対運動などやっている連中はいずれおとなしくなり、国民はその法律があることを当然の既成事実として認めて行くことになる、と読んでいるのだ。そして岸政権の場合は事実そうなった。日本は当然のごとくアメリカの軍事力の「庇護」のもとに置かれ、沖縄は東西冷戦の基地と化した。
 そして時代は変わり、東西冷戦状態がなくなり、アメリカの経済力・軍事力が相対的に低下してきた中で、欧米の資本主義文明に反抗するイスラム過激派が巻き起こすテロや戦争に資本主義化したロシアや中国が、 経済・軍事両面の入り組んだ関係をもって絡んでくるという複雑な様相を呈する現実が訪れた。
 その中で、日本が東アジアでアメリカの国際警察的役割の一部を担わねばならなくなってきたというとらえ方をしているのが安倍政権であるし、これはアメリカの要求でもある。そしてやがては憲法を改定して自衛隊を「国軍」として確立させ、米軍に代わって日本国軍を反欧米・反日陣営の攻撃への備えにしなければならないというミッションを自分に課している。
 この安倍式の図式に嵌まる以上、これが当然の方策となり、いくら「安保法制は憲法違反だ!」と叫んでみても、「じゃ憲法を改定しましょう」という返事が待っているだけである。だからいまの反対運動の状況では勝ち目はないし、民衆デモも結局は安倍政権には何の痛手にもならないだろう。
 問題は、いまの日本が憲法9条を改定して、自衛隊を国軍にしなければならない必要がどこにあるのかである。確かに中国や北朝鮮は軍事的脅威と見えるが、彼らが憲法で軍隊を持たない日本を本当に攻撃し、侵略してくるかという問いには「ありえない」としかいえないだろうし、もし仮に日本が憲法を改定して国軍を持ち、軍事大国になったとすれば攻撃や侵略への「抑止力」になるかといえば、それはむしろ逆に攻撃や侵略の正当化の口実を与えることになるだろう。
 戦争とはつねにすべての戦争当事国がその戦争を他国から自国を護るために始めた「防衛戦」であるとして正当化するものであり、その背景に相手国の軍事力が脅威になってきたという把握がある。
いまやかつて第二次世界大戦当時のような世界ブロック経済体制はなく、経済体制はグローバルな資本によって支配されている。このグローバル資本にとってはどんな理由があっても経済的に損になる関係は長続きしないのである。だからかつてヒトラーがゲルマン系住民が多いという理由でチェコのズデーデン地方を軍事的抵抗なく侵略したようなことは現代ではありえないといえる。ウクライナ問題にしてもロシア側が行おうとしているウクライナの東部併合はロシアにとって致命的な経済制裁を受けることは明白であり、実現出来ないであろう。
 本当は、こうした世界経済を支配しているグローバル資本と戦うためには、「国家の壁」を超えて各国の労働者階級同士が互いに手を結び、団結することこそが重要なのである。
 国軍の強化による戦争抑止という発想やナショナリズムの宣揚は、古い世界観をいまだに引きずる政権の発想であり、しかもその発想自体がグローバル資本主義にとっても本当はリアリティーが薄れているのである。だからこそ、あの強大な軍事力をもっていたアメリカでさえその図式から手を引きつつあるではないか。そしてアメリカはむしろそうした安倍政権の古い体質とそれを支持する国民のバカさ加減を利用しようとしているのである。
 こうした現実を踏まえたうえで安倍政権をとらえていくことがなければ、反対運動は60年安保闘争と「同じ穴のムジナ」とならざるえを得ないであろう。

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