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2015年8月23日 - 2015年8月29日

2015年8月29日 (土)

ハマダユウジさんのコメントにお応えして

ハマダユウジさんという方からコメントがあった。コメント欄をご覧下さい。

その通りだと思います。安倍首相とその取り巻きは、かつての東西冷戦の中、岸内閣当時に出来上がったアメリカとの同盟関係が半世紀の間に起きた世界情勢の激変の後、ほころびを見せているので、最近の中国の習近平指導部による反日キャンペーン(実は中国国内で吹き出している矛盾から目をそらせるために行っている)という挑発を巧みに利用して(見方を変えれば習近平政権の思うつぼに嵌まって)国内の世論を煽り、アメリカとのより強固な軍事同盟を築こうとしているのだと思います。
アメリカはもはや 1960年当時の繁栄からはほど遠く、いま経済状態は一息ついているようですが、実は内外の矛盾や難問が山積し、人々はパックス・アメリカーナを護るために「世界の警察官」を自認して長年関わってきた戦争に対して嫌気がさしており、ますます内向きになってきています。オバマ大統領の掲げた核廃絶による世界平和への理想もいまや萎んでしまい、共和党の道化役者トランプが叫ぶように「アメリカは日本が攻撃されたら護らねばならないのに、日本はアメリカが攻撃されても護らなくてもいい、おかしいんじゃないの?」という気分が多くのアメリカ国民の間にあるようです。つまり経済的には中国に大きく依存しているアメリカは、日本と中国の間で軍事的衝突が起きた場合、日本が独自の軍事力で対処してほしいのです。
 安倍政権はアメリカとの安保法制体制を固める一方で、その先に憲法を改定して日本の国軍を持とうとしています。これが彼の政治生命を賭けた「闘い」なのでしょう。「他国から攻撃されたら自国を護る、当然のことじゃないですか?そのために軍隊が必要なことは明らかです」というわけです。
 これは「サルでも分かる」単純な考え方なので多くの日本人が「そうだ、そうだ」と思うようですが、しかし、世の中こんな簡単には行きません。
 そもそも近代における国家間の戦争というものが歴史的にみて近代特有の現象です。恣意的に引かれた国境線を挟んで、小さな島の取り合いや資源の取り合いなどをきっかけにその国を支配する権力者が 「国家」の名の下にその国にすむ人々が直接的には何の恨みもない他国の人々と殺し合わねばならない状況に追い込む。それが発端で憎しみが憎しみを生み、互いに憎しみの塊となって総力戦を繰り広げ、無差別な殺し合いが行われ、本来戦争などとは何の関わりもない人々の膨大な人命が失われ、街や村は破壊される。それを繰り返してきたのです。戦争はいつも交戦国双方が「相手が仕掛けてきたから自国を護るために始めた」といって始まるのです。
 こうしたことを多大な犠牲のもとで認識し、反省した結果がいまの憲法です。この数百万の犠牲の上に築かれた現行憲法を簡単に改定し、国軍を持つということは、少しも「当然のこと」ではなく、安倍首相とその取り巻きがあの戦争を全く反省していないことの証拠です 。
 いまの流動化する世界情勢やきわどい世界経済の状態を見ても、いまアメリカ一辺倒の軍事同盟や通商条約を結ぶことがどれほど危険なことであるか、「前世紀的頭脳集団」でしかない安倍政権にはまったく分かっていないのです。

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2015年8月26日 (水)

グローバル資本主義経済体制の崩壊が始まった(その2)

 中国発世界同時株安に対処するため、また中国人民銀行が利下げを行った。ヨーロッパでは株価が上がったようだがアメリカでは一旦上がってまた下がった。さて日本ではどうなるか?と投資家や企業経営者は気を揉んでいるようだ。

 なぜ株価の上下がこんなに大きなニュースになるのかといえば、直接株で大儲けをしようという投資家や、資金調達が不調になり、会社の経営に対する信用が問題になる経営者はもちろんのこと、企業の業績が悪化すれば雇用されている労働者の賃金が厳しくなり、場合によっては解雇という事態にもなり得る。さらにいまの日本のような超高齢社会で年金を頼りに生活している多くの高齢者にとっては、年金の原資が投資などの運用によって賄われているため、株価が下がれば原資が目減りし、それが続けば、年金の減額に繋がる。つまり株価の上下が株とは無縁なはずのわれわれの生活を脅かすことにもなるのである。
 しかも現代資本主義経済では、いわゆる「実体経済」を遙かに超えた流動過剰資本としてのマネーが世界中をもうれつなスピードで回転し、過剰な消費によってその見かけ上の価値が維持されているために、消費の低迷や単なる思惑などで株価が上下し、この莫大な量のマネーが一瞬にして価値を失うことにもなるのだ(もちろんここでいうマネーは貨幣だけではなく株券や信用といわれる形がほとんどである)。
 この膨大な「根無し草」的なマネーが世界の経済を支配し、そのもとで、実際に社会のために労働し、価値を生み出している労働者たちが、その生み出した価値の大半(剰余価値部分)を「合法的」に持って行かれた上に、そのマネーを動かす連中の思惑で膨れあがったり縮んだりする価値によって生活を振り回され、 もっともその被害を被っていることになる。
 さらにいえば、この「根無し草」的なマネーをどんどん生み出すことで経済を活性化させようというアベノミクスがいかに危ういものであるか、もうそろそろみんな気がつき始めたのではないだろうか?
 アベノミクス(これは決して安倍政権が考え出した政策ではない)に代表される現代資本主義経済の経済政策では、景気が低迷し、労働賃金が下がり、消費が縮小し、物価が下がりいわゆるデフレ状態になると企業の利益が減り、税収も減って政府の財政もうまく行かなくなるので、景気浮揚策として金利を下げてマネーの回り方をよくしたり、それでもだめなら貨幣を増刷し、国債発行などにより国家が莫大な借金を負いながら銀行にこれを買わせ、その信用を一定程度維持させて市場に流通するマネーの量を増やすことで、それを動かすことにより得られる利益を増加させ、企業の利潤増大による労働賃金の一定程度の高騰を図り、その高騰した分をすべて労働者の生活資料購入に振り向けさせ、それらの商品を製造販売する企業が利益を増大させることにより資本家全体で獲得する利益のパイが大きくなるという「好循環」を目論む。こうして労働者たちは実際には生産的労働者でありながら「消費者」としておだてられ、ガラクタや無駄な消費で溢れた「豊かな生活」を築くことで資本家のために賃金のほとんどすべてを捧げつくすことになる。
 しかし、この「根無し草」的マネーの増大による見かけだけの「好循環」は、当然かならずどこかでその矛盾を噴出させ、例えば経済状態が悪化し国債の償還が不可能になったりすればたちまちその国の財政は破綻する。仮にもし比較的長期にそれが維持されたとしても、その結果は必ず一部の資本家が莫大な利益を得、絶対多数の労働者たちの生活は貧困化する。これはあのピケティーも証明している通りだ。
 250年以上続いた資本主義経済体制はもはや末期的状態なのである。EU内(ギリシャなど)で度重なる経済危機や財政破綻、いまやグローバル資本の立役者となった中国経済の崩壊を予兆させるきしみ、それによって右往左往するアメリカや日本そしてヨーロッパ諸国、さらにブラジル、インド、ロシアなどの「新興」資本主義諸国の混乱を見てもそれは明らかだろう。

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2015年8月25日 (火)

グローバル資本主義経済体制の崩壊が始まった(その1)

 今年の春頃からしばしばマスコミでも取り上げられてきた中国経済の低迷が、このところの世界同時株安で、いよいよ顕著になり、もはや「低迷」ではなく「崩壊」の始まりを予兆させるような状態となってきた。これは単に中国経済の崩壊だけではなく、グローバル資本主義経済体制全体の崩壊を意味するかもしれない。

 1980年代に鄧小平の「改革開放」政策により「市場経済」(資本主義経済体制)を導入し、世界市場の一角に参入してきた中国は、政経分離の立場を取りながら、共産党独裁政権のもとで、国内の労働者や農民の労働力を資本主義的な労働力商品化することにより、世界市場における労働者の生活水準の差からくる、労働力価格の大きな差額を強力な武器として利用して、瞬く間に、低価格商品で世界市場を席巻し、大きな貿易収入を得ていった。それをテコに、さまざまな産業を政府指導で育て上げ、労働者階級の一部は、賃金の高騰により奢侈品的生活資料を購入できるようになり、それによって今度は欧米や日本の資本家企業の生み出す奢侈品的「ブランド商品」にとって最大の消費市場を形成することになった。そしてそれらの取引が生み出す収益から国家は莫大な税収を得て財政も急速に豊かになった。
 1990年代のソ連崩壊後、東側の経済をグローバルな市場へと引きずり込み、紆余曲折を経ながらも2000年代初頭に何とかふたたび繁栄期を向かえたアメリカ、ヨーロッパ、日本を中軸とする資本主義陣営も、こうした中国を世界資本主義経済を支える格好の市場としてとらえたのである。ところがそれが2008-9年の「リーマン・ショック」でもろくも崩れたのである。 しかし、そのときには中国経済がまだ「成長期」にあったため、何とかこれをつっかえ棒にしてグローバル資本主義体制は立ち直ることができた。
 ところが、今回の世界同時株安は、世界資本主義体制にとって、もっと事態が深刻である。というのも、中国経済を支えていた製造業の貿易収入は、国内の労働力価格の高騰によって、競争力を失いつつあり、これまでに蓄積された資本を回転させる役目を果たしてきた不動産業も行き詰まり、個人投資家の投資意欲を削ぎ、政府がいくら通貨政策を駆使して経済体制を維持しようとしても無理な状態となってきたからである。
 そもそも、資本主義陣営は、第2次世界大戦以後、一方で社会主義体制がスターリン派による「一国社会主義政策」のもと、独裁的政治経済体制を固定化し、事実上、労働者・農民の政府ではなくなってしまったことによる経済の閉塞と停滞に陥ったことに助けられ、他方では、ケインズらの理論にもとづく、過剰資本の処理体制としての「消費駆動型」経済に変貌して行くことにより「市民主導の自由と民主主義」というイメージを確立していったのである。
 この体制は、実は外面的には「市民主導の自由と民主主義」に見えるが、経済的には、過剰消費によって成り立つのであり、過剰消費の最大の源である労働者の生活資料商品の奢侈品化やレジャー・観光などの第3次産業を頼みにする一方、もう一つの莫大な過剰消費の源である「戦争」を必須の基盤としているのである。事実、第2次世界大戦という莫大な人命と資源の消費による軍需産業の膨大な利益がアメリカの戦後資本主義体制の経済的基礎を築き上げたのであり、その後も、東西冷戦状態をテコとした朝鮮戦争やベトナム戦争などが経済成長には事実上「必要」であった。
 そしてレーガンやブッシュによるいわゆる「新自由主義」がこの過剰消費経済体制を「普遍的な経済体制」と勘違いして登場し、ケインズ派の国家主導型資本主義体制を「社会主義的」として批判し「自助努力」を旨としたレッセフェール市場体制に向かった。それが東西冷戦が崩壊することにより「グローバル資本主義体制」といわれる世界規模でのアンコントローラブルな経済体制をもたらしたのである。
その結果、莫大な過剰消費による廃棄物や資源枯渇による自然破壊がもたらされ、消費拡大を必須条件とする「経済成長」とそれによる自然破壊のアンコントローラブルな連鎖いう相容れない矛盾が急速に顕在化してきたのだ。
 中国経済もこの流れの中に組み込まれ、やがてグローバル資本主義体制を支える大きな柱になっていった。いまやグローバル資本主義体制は中国なしには成り立たない。
 そしてそのグローバル資本主義の世界的な資本の流れの中で莫大な利益が一握りの資本家のもとに集まり、そのもとで搾取され、資本家の「おこぼれ」からも取り残された、疲弊化する国々の労働者や農民はますます貧困化し、この状態に抗しようとする人々の闘いは民族対立や宗教対立という悲劇的な形となって現れ、その戦乱の渦の中で多くの人々が命を落とし、生き残った人々も生きるために生まれ育った場所を捨てて民族大移動を始めている。
  その一方で西欧資本主義国の政府に支えられた巨大軍需産業はこうした戦乱による危機感に乗じ、世界中でハイテク兵器を次々と売り込み、莫大な利益を得ている。
 まるであの強大なローマ帝国が崩壊するときのように、いま巨大なグローバル資本主義体制はその内包する本質的矛盾ゆえに、自らの存立基盤を食いつぶしながら崩壊しつつあるといえるのではないだろうか?

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