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2015年10月18日 - 2015年10月24日

2015年10月23日 (金)

資本主義社会崩壊後の社会建設に関する重要な論議(その2)

(前回からの続き)

前述したセミナで議論になった問題は私が把握する限りでは大きく分けて以下の3つがあったと考える。

1 価値に関する議論:(1)価値とは何か? (2)価値は社会主義社会においても存在するか? (3)それは過去の労働の成果として生産物に移転するのか?
2 マルクスの再生産表式に関する議論:(1)再生産表式は資本主義社会にしか通用しないのか、それとも社会主義社会でも通用するのか? 
3 社会主義社会における労働成果の分配に関する議論:(1)労働生産物としての諸個人への分配の対象は消費手段だけなのか? その場合生産手段に関してはどう考えるのか? (2)諸個人が受け取る個々の生産物の量はどのようにして算定するのか?

1 の価値に関する議論では、それは資本主義社会に特有のものであって社会主義社会では社会的に必要な平均的・抽象的人間労働の支出という形での労働時間量として存在する「価値規定」であって価値そのものではなく、したがって社会主義社会における生産物に価値は表現されないとする意見が多数だった。
 しかし、私はその考え方に疑問があり、マルクスによって明らかにされた、資本主義社会での商品の生産と消費を支配する価値法則は、市場では交換価値として現れている価値を形成する実体が(抽象的)人間労働であること。それによって、自分の労働力を再生産するに必要な生活資料の生産に必要な労働時間を超えて行われる労働によって剰余価値が生み出され、雇用者である資本家は当然のこととして自分の所有としてそれを 搾取しているという事実を明らかにすることができた。これによって、その真実から目をそらしている資本家達にとって自らを縛る法則としてしか見えないものの実体を明らかにし得たという意味で、社会主義を目指す者にとってはもはやそれは「法則」ではなくなったのである。そういう意味でその本質を明らかにされた価値はどのような社会においても、過去の抽象的人間労働の成果として生産物において表現されていると考えるべきである。
したがって私は労働過程において過去の(死んだ)労働の成果である生産手段の価値は「生きた労働」によって生み出された生産物に表現される新たな価値の一部として移転されると考える。
セミナ参加者の中でM氏やS氏など2〜3人がこれに近い考えを持っていたようであるが、主催者のH氏はこれに反対であって「価値は移転しない」と強く主張していた。

2 の再生産表式の問題に関しても、H氏は資本主義社会特有のものであって、社会主義社会ではこの表式とは違うものを考えるべきだ、と主張するが、私はそれに反対で、マルクスの再生産表式は普遍的なものであって、当然社会主義社会においても適用されると考える。
再生産表式とは、毎年生産される社会的総生産物を第I部門の生産手段と第II部門の生活(消費)手段とに分けて考え、単純に毎年同じように再生産が繰り返されるとすれば、 それらの生産物に含まれる価値構成、c(不変資本部分), v(可変資本部分), m(剰余価値部分)部分の関係は、I(v+m)=II(c)とならなければならない。もし総生産が毎年拡大するとすれば、I(v+m)>II(c) とならなければならない、という事実である。
 ここでいう、「価値構成」は文字通り価値の構成なのか、そうでないのか、という議論である。私は価値というものを1で述べたように考えるので、これは文字通り価値の構成でありしかもあらゆる社会に通じる事実だと考えるが、H氏はそれを否定するのである。

3 の社会主義社会における分配の問題はやや複雑である。資本家によって労働力商品として買い取られて労働する立場とは異なり、社会主義社会では生産物の生産に必要な労働時間は透明で見えるものになっている。したがって、当然のことながら、自分が社会に提供した労働量の分に相等する生産物量の分配を受けることができる。これはすべてのセミナ参加者も認めるところである。また労働者諸個人に分配される対象は消費(生活)手段だけであって、生産手段は社会的共有が前提なので分配の対象にはならない、とする考え方が何となく(はっきりとではなく)合意されていたようだった。
 価値移転を認める立場であるM氏は、したがって、生産手段に含まれる価値の移転分を新たに生まれた価値に加算してやれば生産物の価値は計算できると考えている。S氏も同様な考えで、彼は行列式を使ってその計算方法の一例を示した。M氏はしかし、ここでひとつ問題なのは、生産過程において、どこまでが生産手段でありどこからが最終生産物なのかを判定することがなかなか難しいと指摘する。
 これに対してH氏は、価値の移転などということを考えるからそんな問題にかかずらうことになるのだ、と両氏を手厳しく批判する。
 
 ここで私は、釈然としない思いであった。というのは、何が生産手段であり、何が最終生産物であるかは、その生産過程の置かれている状況(社会的生産条件など)により異なり、一概には決められないと思う。問題なのは、何が生産手段であり何が最終生産物であるかではなく、その生産物に過去の労働も含めてどのくらいの労働量が対象化されているのかであろう。その場合、生産過程で必要になった原材料(部品も含む)、機械などの労働手段の生産や原材料などの労働対象の生産に要した労働時間は、それぞれの生産手段に労働時間が対象化された「価値」として表現され、これらが生産過程の準備段階で等価交換によって収集され、そこに表現された価値の合計が生産過程に要した生産手段全体の価値を表現すると考えてよいのではないかと思う。
  ここでは「価値による等価交換」を前提としており、これは社会主義社会においても商品経済に形式上似た生産物の交換過程があるという風に考えるべきではないのか? もちろんそこに流通するのは「物神化」された貨幣ではなく、生産物の交換の媒介をするために用いられる労働時間を証明するものでしかない。もちろん、それは前述した中国のように、せっかくマルクスによって明らかにされた価値の実体を再び商品価格レベルに逆戻りさせてしまいそのことによって再び価値法則の奴隷となってしまった「社会主義体制への市場経済の導入」というものとは根本的に違う。
 このように考えることがなぜ問題になるのかが問題であるように思える。したがって議論はもっと深いところにある問題に行かざるを得なくなるのである。
(次に続く)

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2015年10月22日 (木)

資本主義社会崩壊後の社会建設に関する重要な論議(その1)

 先日、あるセミナーで、マルクス経済学が想定している、資本主義社会以後に実現されるべき社会主義社会での分配問題が議論され、その中で有名な再生産表式にも出てくる「価値の移転」問題が俎上に上がった。それはあらゆる社会で行われる生産的労働において用いられる、生産手段と生産物の関係において、生産手段に現れている過去の労働の成果が、現在の「生きた労働」によって加えられるあらたな労働の成果とともに生産物に移転される、というマルクスの考え方を巡る議論である。

再生産表式とは社会が年々あらたに生活に必要な生産物の生産を繰り返して行くために必要な条件としてマルクスが見いだしたひとつの「法則」なのであるが、その考え方で社会主義社会での分配がどのようなものになるかという問題に関わってくるのである。
 ここでひとつ前提となることは、かつてソ連やいまの中国で行われている「社会経済体制」は決してマルクスが目指した本来の社会主義社会ではないということである。
一党独裁による党官僚と国家機構がすべての経済計画を握り、そのノルマにしたがって労働力が社会的に配分され、「個人の自由」は制限される、といった旧ソ連型「社会主義」への直接的な反感による、偏見に充ちた「社会主義」のイメージがいまの社会には広く流布している。しかし同時にまた、そうした「社会主義」イメージへの反感に対する「社会主義国」側の「反省」として打ち出された「社会主義体制への市場経済の導入」といういまの中国などに見られるような形もまた間違っているといわざるを得ない。
 「社会主義国での分配は市場経済に任せるべきだ」といういまの中国に代表される考え方は、マルクスが徹底的に批判した資本主義社会の本質的矛盾を決して克服するものになりえない。確かに、かつての旧ソ連時代の国家統制経済に比べれば、「自由市場」に基づいて社会での生産と消費が回る方が自然に見えるかもしれない。しかし、そこで重要な問題は、すべての生産物が「売って利益を得るためにつくられる」という資本主義社会特有の市場経済は、個人が個人であるための基礎である「労働力」までもが商品として扱われなければ成り立たないという事実である。
生産手段を私的に所有する資本家企業に、労働力しか持たない労働者がそれを労働市場に売りに出し、雇用関係を結ばなければ生活することができない、という社会が資本主義社会である。この社会では、労働者は雇用者である資本家的企業から受け取った賃金によって生活に必要な商品を買う(正確には買い戻す)ことによって生活を営む。国家統制経済のように自分の労働力が国家の意志によって必要な労働部門に配属され働くという状態に比べれば「自由」であるかのように見えるが、決してそうではない。やはり自分が自分であることを示す労働力の発揮は自分の意志通りには行えず、雇用者である企業の意図のもとで「売るためのモノやコトを生み出す労働」としてしか実現できないのである。
  雇用者である資本家は「自由に」売って儲かりさえすれば必要もないものをどんどん作り販売する。そうした行為を束縛されないための「自由と平等」を主張する。こうして市場経済は、まさにアンコントローラブルな我欲の表現としての「自由」こそが本質なのである。
 その結果、いまではその我欲の競争に打ち勝ってそれによって儲かった一握りの人々が「自由な富裕層」となっているが、それは自分の望む形ではない資本家の意図にもとづく労働において、自己実現できなかった大多数の労働者の犠牲の上に初めて可能な「自由」なのである。 こうした事情は中国でも同じである。
 そうして、莫大な借金をしても、要らないモノやコトをどんどん生み出すことが「経済成長」であるという支配層の誤った意識のもとで、過剰な生産によって資源はどんどん枯渇に向かい、国家間の資源獲得競争は軍事的緊張を生み出し、他方で大量に放出される廃棄物で地球環境はどんどん悪化していっている。原発や水素自動車など「エコ製品」でそれを救えるという幻想も、それらエコ製品をどんどん生み出すにはエネルギーと資源が必要であり、廃棄物もまた増加せざるを得ないという事実を少しも見ようとしない。市場の回転が加速し続けなければ「経済成長」は破綻するからだ。
 その一方で資本家企業は安い労働力を求めて国境を越えて労働市場の獲得競争に奔走する。労働者たちは資本家企業経営者に「自由に」使い回され、働けなくなれば「ポイ捨て」され、たちまち貧困層に落ちていく。そして「経済成長」が止まれば、たちまち膨大な借金の圧力で国家財政は破綻し、失業者が氾濫する。 だからますますこの「使い捨て社会」の浪費は加速されざるを得ない。かくして早晩、いまのグローバル資本主義社会は大崩壊することは目に見えている。
 だからこそ、崩壊とそれによる混乱がもたらすであろう悲惨な状態を最小限に抑えるためにも、いま再び、資本主義社会の本質的矛盾を明らかにしたマルクスの考え方が必要になっているのである。もちろんマルクスは決して絶対ではない。しかしマルクスの理論をきちんと理解し、資本主義の本質的矛盾とは何かを理解し得ない限り、資本主義以後の次の社会をどう築くべきかは決して見えてこないだろうことは確かである。上述した価値移転問題とそれの関わる社会主義社会での分配問題はこういう意味で重要な課題なのである。
(次に続く)
 

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2015年10月20日 (火)

T先生との再会

 昨日、私の古い中国人の友人であるT先生と約20年ぶりに再会した。T先生は中国江蘇省の大学で長年デザイン教育に携わってきた人で、数々の出版物への受賞や研究教育業績への受賞があり、いまや中国のデザイン界の成功者である。

しかし、最初にT先生と出会ったとき、それは1982年頃であったと思うが、私の在籍していたC大学の工業デザイン系の学科に研究者として派遣されてきたときである。その頃私は40歳台でまだ助手だったし、結婚が遅かったので子供達も幼少で生活は大変だった。しかし、私はT先生を自宅に招いて食事をしながらいろいろな話をした。当時私は11年ものブランクを克服すべく、自分の専門領域を建てるために懸命にがんばっていたときだったため、T先生の驚くべき集中力とパワーに支えられたたゆまぬ努力には本当に敬服していたのである。 T先生は、実に精力的に日本のデザイン教育に関する資料や、企業のカタログなどによる製品のデザイン資料をおどろくほど沢山収集していた。その頃、中国ではまだデザイン教育も西欧諸国や日本に比べて遅れており、製品のデザインも立ち後れていた。T先生はその中国デザイン界の遅れを取り戻そうと本当に必死になって頑張っていたのである。
 そしてその後、中国は「世界の工場」と呼ばれるような国に成長し、経済的にも高度成長を遂げ、日本は逆に下り坂をどんどん下り出すことになった。いまの中国をいろいろな面から批判することはできるが、しかし、その成長の背景には低賃金の労働で懸命に働く中国人労働者の血のにじむような努力があり、またエンジニアや知識労働者のたゆみない努力があったのだ。 そして中国ではデザイン系の大学も雨後の竹の子の様に増え、おそらくデザイナーの数もいまでは日本よりはるかに多いのではないかとさえ思われる。
 久しぶりに我が家を訪れてくれたT先生は、8年前に大腸癌を患い、以前に比べるとその眼光の鋭さがなくなったような気がした。丸くなったのである。しかし気力は相変わらずであった。あまり時間はなかったが、我が家で昼食を摂り、歓談ののち、あまり遠くない場所にある郭沫若氏の記念館に寄ってから東京での別の友人との待ち合わせ場所に向かった。途中、私が「いま両国の政府間は関係が悪くて、残念ですね」と言うと、T先生は、「私たちにはまったく関係ない。心配要りません」と断言した。私は嬉しかった。これが「民間外交」というものであろう。「中国は世界一の経済大国だ」「いや日本の科学技術は世界一だ」などと狭量なナショナリズムで肩肘突き合わせて虚勢を張る必要など何もない。上層部での政治的いがみ合いや軍事的緊張など関係なく、 中国の人民と日本のフツ—の人々とは、供にいまの世界を支え合って生きる生活者なのである。
 もうこれが最後かとも思いつつ、秋葉原駅でT先生と別れた。

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