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2016年1月18日 (月)

資本主義社会とは何なのか?<2ー価値とモノづくり>

(2016.05.12一部修正)

前回は、資本主義社会の階級的本質について述べたが、今回はあらゆる社会に共通する「モノづくり」の世界と価値の関係を歴史を追ってみることで現代資本主義社会でのモノづくりの特殊性について考えてみよう。

だれでも知っているように、どんな社会でも、その社会を構成する人々は、自分たちの生活に必要なモノを生み出し、それを消費(使用)することによって生き、生活している。この社会を成立させるに不可欠な生産と消費の在り方が、その社会の歴史的形態を形づくっている。

モノはその社会特有の労働の分担形態(社会的分業形態)によってさまざまな労働の形で生みだされる。労働形態は社会的要因(階級などによる生産関係)によってその時代特有の形態と社会的構造を形成する。そしてそれはその時代の技術的水準のもとでありとあらゆる可能な形態をとる。こうしてその時代特有の階級関係がそれに相応しい社会的分業種を生み出させることになる。

 生み出されたモノは、その社会特有の階級的所有関係を通じて、社会構成員のもとに分配される。分配は何らかの形での「交換」を媒介とする。本来的に(階級のない社会)は、モノを必要としている人が、自分が社会的に必要な労働の一部に関わった割合を示す労働時間数に相当する「価値」を持ったモノと交換することが出来る。言い換えれば、価値は、社会的に必要な労働一般への参与の割合を労働時間数で示すものであり、個々の具体的な労働がそのような形で一般化(抽象化)されてとらえられることによって初めてその量が決まるものである。

 しかし歴史を顧みれば、古代の奴隷制社会では、モノを生み出す奴隷が、その肉体的存在そのもの、つまり労働者自身を交換対象として差し出す。奴隷の買い主は買い取った奴隷を死ぬまで働かせ生かすも殺すも自由である。中世の封建社会では、農民は領主(もともと「領主」は戦争などで奪い取った土地を自ら所有するようになったのであるが ) に土地(すなわち生産手段)を貸与され、そこから生み出されるモノのうち、農民が生きるために必要な農作物部分を除いた残りすべての生産物を領主が租税として獲得する。ここでは労働時間ではなく生産物の量が問題となる。つまり土地支配者と農民労働者との間で行われる、土地(生産手段)とそこから生み出される産物(生産物)との交換である。ここでこの体制を維持するのは超えることの出来ない封建的身分制度による身分の違いとして既成事実化された階級の存在である。

 やがて農民による土地の生産力向上努力によって剰余生産物の量が増加するようになり、社会が地域によって多様化していくと、さまざまの異なる共同体社会の間で、その共同体では産出しないが需要のあるモノが商人によってもたらされるようになり、商人達が流通の中枢を握っていく。さらにそれによって蓄財した商人達が営む商品経済が共同体社会内部にまで浸透し、商品経済社会が形成されるようになると、共通の商品交換手段である貨幣が流通や交換の媒体を担うこととなるが、そこでは、私的欲望の対象化された形での価値(交換価値)が支配した商品市場での需要と供給の間のバランスで市場価格が決まり、ほとんどの場合は本来の価値(労働価値)そのものが直接には表われない。ある社会である商品の需要が高く、しかし供給が追いつかない場合には価格は高騰し、その反対に供給が過剰になれば価格は下がる。市場での需要と供給の関係は不断に揺れ動き、そのモノを生産するのに必要な社会的平均的労働時間が変わらなければ、 つねにその変動の中心になるのが本来の価値なのであるが、この時代にはまだそれを解き明かすことはできなかった。

その中で、大航海時代にはアメリカ大陸やアジア、アフリカなどから侵略や殺戮によって「無償」で略奪してきた富をヨーロッパで高く売って莫大な富を得た商人資本家達が、王権と結びついて、他人の生産物を「価値物」としての貨幣を媒介として市場で売り買いすることで莫大な私財を蓄積し、経済を支配していった。

 そして商品経済社会の全面化により、身分的階級が崩壊すると同時に、生産手段(土地を含む)も商品として扱われるようになり、それを私的に所有できる者(資本家)が実質的な支配階級となっていった。その中で中世的職人のモノづくり工房は、モノづくりとは関係のない資本家が所有経営する工場に変化していった。それは同時に生産手段からの労働力の引き離しであり、農民を含みすべての生産手段を奪われた人々は生産手段の所有者である資本家に雇用され、賃労働者として働くことによってしか生きていくことができなくなったのである。ここに「モノづくり」の世界に、生産手段を所有する資本家階級と労働力しか持たない労働者階級という2大階級が相対峙する形で登場することになった。資本主義社会の登場である。ここに至って、この社会のモノづくりへの徹底した批判を通して初めてモノの価値が社会的に必要な平均的労働時間によって決まる量を表すことがマルクスによって明らかにされたのである。

 ここでは原則として商品は市場で「等価交換」されることになっている(実際には安く買って高く売っている)が、労働力という商品は最初から不等価交換を前提としている。労働者階級は、全体としてみれば日々その労働力を養うために必要な生活資料を自ら生産しているにも拘わらず、それらの商品は資本家の所有物となっており、それを買い戻さねばならない。そのために資本家はそれに必要な貨幣を労働者に与える。これが労働賃金である。だから賃金は決して「報酬」や「所得」などではない。ちなみに、労働者は雇用されてすぐに賃金を得るわけではなく、労働の成果が上がってから「報酬」の名の下に賃金が支払われる。つまり最初の労働成果が出されるまでに必要な労働力の養成費は資本家は一切支払わない。

 しかし実際には、生産的労働時間全体の中で労働賃金分の価値を生産するのに必要な労働時間を超える労働時間から生み出される価値量は遙かに(生産性の高い現在ではおそらく何倍も)賃金のそれを超えている。この莫大な量の超過分の価値(剰余価値)を「合法的」に無償で(いうまでもなく本来は不当である)獲得するのが資本家であり、彼らはそのために労働者を雇い、生きた労働を搾取(感情的表現ではなく文字通り搾取である)しながらその剰余価値を含んだ商品をつくって売るのである。

こうして資本主義社会では、生産手段を所有する資本家達が労働力を商品としてその維持費によって買い取り、それを生産手段と合体させることで生み出される労働力自体の価値以上の価値(剰余価値)を含んだモノを取得する。彼はそれを商品市場で売って利潤を獲得することを第一義的目的とし、そのための手段として、社会的に必要なモノを含むすべてのモノがつくられるようになった。つまり資本主義社会とは、そこで働く労働者の労働が生み出したモノが資本という形となって、利潤獲得という唯一の抽象的目的のために、それを生み出すヒトとその在り方すべてを支配する社会なのである。

資本家はその資本の人格化した姿にすぎない。 しかし彼らは資本家も労働者も対等な「自由な個人」であるかのように振る舞い、業務を通じて労働者を雇用し社会のために貢献していると自負する。そして法律もこれを正当化する。こうした支配的イデオロギーが資本主義社会をあたかも階級がない社会であるかのように見せかけているのである。

 さらに重要なことは、現代(特に20世紀後半以降の資本主義社会)では、労働者の生活形態が、生活財などのモノをどんどん購買し消費することを促進させる(いわゆる内需の拡大)ように企図されているため、賃金水準もそれを前提として決められ、あたかも生活の中で「便利なモノ」が増え続け、生活が物質的に豊かであるかのようなイメージを持たされている。しかし、こうして市場に溢れる商品は、いわば恣意的に生み出された消費欲のもとにあるということを知るべきであろう。

そして労働者階級はこの金食い虫化した生活で商品の購買のために支出される自分たちの賃金がすべて資本家階級の手に環流しているのだという事実を忘れてはならない。いくら「消費生活」でモノが豊かになったかのように見えても、それは最終的には資本を増やすための手段としての消費であり、水準が高く見える賃金も資本家によって労働者に商品を買うために渡された資本にすぎない。決して資本家の所得とは同じではないことを知るべきである。生産手段は相変わらず 資本家階級が所有しており、労働者は労働力を彼らに売って生きていることには何ら変わりがないのである。そしてモノは使用価値として「ユーザ」や「消費者」のためにつくられるのではなく、それを手段とする交換価値として資本家のためにつくられている。資本主義社会ではこうしてモノづくりの目的と手段が逆転しているのである。

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