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2016年7月24日 (日)

利尻・礼文紀行

7月中旬に、利尻島と礼文島に行く機会があった。「最果ての地」も今では羽田空港から新千歳乗り換えで4時間ほどで利尻空港に着いてしまう。飛行機から初めて見た利尻岳の姿には思わず釘付けになった。

利尻に降り立って島の周囲を一周することになり、姫沼などの湿地を訪ねた。静かな沼では水鳥が多く棲息していたが、所々に枯れた巨木が根こそぎ倒れて沼に浸かっていた。冬の猛烈なブリザードを思い起こさせる情景であった。
Rishiri_1_2
島は人口5000人ほどで、フェリーの行き来する沓形の町は、観光地として一定の賑わいがあったが、その他の村落はほとんど昆布などの零細な漁業をなりわいとする人々のようで、島全体でも耕作地がきわめて少ない印象を受けた。ここでは農業は成り立たないのだろう。高齢化が進み人口は年々減っており島民の生活を支える人手が足りなくなっているようだ。ここに一泊した後、
Rishiri_4_3 オタトマリ沼などを回り、古い戦前の店の構えを残すカフェ(ここのコーヒーは旨かった)に寄って、午後には隣の礼文島にフェリーで向かった。フェリーは稚内航路にも用いられるので意外と大きな船で、クルマ数十台と乗客数百人を運べるらしいが観光シーズン以外はガラガラらしい。
 到着した礼文島の港町はなんとカフカ(香深)という地名である。あの「変身」で有名な小説家フランツ・カフカと同じ発音である。しかしそのイメージとは裏腹にお土産屋さんやホテルなどで賑わう観光地である。しかし礼文島も観光地からちょっと離れると寂しい過疎の漁村が散らばる島である。 港町から少し離れた閑村の民宿に泊まって翌日そこから「お花畑トレッキング」コースを歩くことにした。
 翌日は幸い天気に恵まれ、ほとんど草地で大きなウドの一種が花をスックと空に向かって伸ばしている山道から海を越えて見る利尻島の眺めはすばらしかった。
Rebun_1_2
しかし急峻な崖が海岸までそのまま落込んでいる厳しい地形で、わずかな平地に小さな家がポツンとへばりついている様に建っているのを見るとやはりこの島の厳しさが思い知らされる。
戦前の鰊ブームのときには賑わいもあったのだろうが、いまでは観光と零細な昆布漁などに頼って生活をしている人がほとんど のようだ。そして高齢化とともの島の人口
Rebun_3_3は減りつつある。
かつてここに住んでいたであろう先住民のアイヌはおそらくこの厳しい大自然の下でそれに決して逆らわずに自分たちの生活をその一部と考えて護り続けていたであろうことが想像される。その後にやってきて彼らの大地を横取りしてしまった倭人も結局はこの厳しい大自然の下で息を潜めて生活せざるを得なくなっているようだ。そして
Rebun_4_2
何事もなかったかのように大自然は今年も美しい花々を咲かせてくれている。
 人間の欲望などはちっぽけなものだとつくづく感じさせられる風景であった。

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