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2016年8月 3日 (水)

安倍政権「28兆円経済対策」というドンづまり

 安倍政権は「未来への投資」と称して28.1兆円もの経済対策を実施することを閣議で決定した。ようするにアベノミクスが予想したほどうまくいっていないので、そのエンジンを吹かすためということのようだ。保育士や介護職員への給与引き上げ、給付型奨学金の創設、低所得者へ1万5千円を配る、など個人向けの対策に3.5兆円をかけるが、残り24.6兆円はインフラ整備、復興支援などの建設費や中小企業の資金繰り支援など企業向けに回される。これだけを見てもやはり企業が太れば労働者もそのおこぼれにあずかれるという基本的姿勢はまったく変わっていないことが分かる。ここに大きな問題が二つある。一つは、その財源がどこから得られるのかという問題である。 二つ目はこうした形の経済対策がほんとうに「未来への投資」といえるのか、という問題である。

  一つ目の問題は、この28.1兆円がどこから支出されるのかである。財源のうち14.6兆円は企業の負担(儲かったのだから企業の将来のために少しはカネを出せというわけだ)や金融期間の融資(日銀との合作プレーでこれをゴリ押ししようというわけだ)などに頼り、6兆円は財政投融資(国の借金を企業に低金利で貸し付ける)、3兆円は建設国債(建設の名目で国の借金を増やすということ)に頼り、のこりは国庫のやりくりや地方自治体の負担、予算の先取りなどによっている。国債の発行率は下がったかもしれないが、みな他人頼みであり、本当の意味での「財政の健全化」とはほど遠く、「自転車操業」の深刻さはますます大きくなっている。ひとたび国の信用が失われれば、たちまち自転車はコケて奈落の底に真っ逆さまである。自転車でコケた谷垣元幹事長どころの騒ぎでは済まされない。国家破産である。

  二つ目の問題は、あきらかにいまの日本の経済状態への長期的展望のない近視眼的対策だということだ。個人向けの対策は直近で大きな問題となっている子育てや高齢者介護の問題、若者達の貧困による教育格差問題への単純な対応でしかなく、これをもって安倍首相は「一億総活躍社会実現」への布石と考えているらしい。そしてこれまでのアベノミクスが結局大企業や投資家の利益を増やすだけの効果しかなく、たとえ「雇用が増加」しても社会的な格差はますます増大しているという事実に大して何ら問題の本質を理解していないことが分かる。

 企業が儲かれば労働者もおこぼれにあずかるという仕組みが「雇用の増加」に現れているのだという考えは、その雇用の中身をみれば誤りであることは明白だ。非正規雇用の率はどんどん増え続け、同時に企業での正規雇用者の労働はどんどん過酷になっている。非正規雇用者は将来的な社会保障が得られない場合がほとんどであり、しかも「雇い止め」になった後の生活の保障はない。一方正規雇用者は、正規ゆえにドンドンこき使われて労働時間はドンドン延び、過酷な労働にさらされる。しかし自分の地位を護るために会社側に文句も言えなくなっている。
 労働者の家庭では、大学受験準備や大学の入学金、授業料に多額の生活費を割かねばならなかった親たちが、その結果子供たちが非正規雇用など不安定な職にしか就けないことを知り、将来の生活への不安から無駄な消費を控え、子供たちのために貯金しておこうと考えるのは自然である。ところがいまの銀行預金は利子がゼロに近く、銀行からは絶えず、投資信託や個人向け国債の購入などにそのお金を振り向けるよう勧められる。つまり個人貯蓄をできうる限り排出させて産業界の活性化に投じさせようというのがアベノミクスのひとつの柱であるためにこうなるのである。
 だから「雇用」は増え、賃金がわずかばかり上がってもそれは焼け石に水であり、将来への不安から消費を控え節約しようという気持ちになる。当然であろう。しかも銀行の勧めで投資信託などに貯金を回しても、実はこの先経済状態がどんどんリスキーになって行き、なけなしの個人財産を全部失う危険が高くなっている。国家の莫大な借金に象徴される経済政策の失敗は将来こういう形で生活者に襲いかかってくる。
 だいたい、「消費の拡大」しか「経済成長」のエンジンになり得ないという状態がすでにいまの資本主義経済の破綻を如実に物語っている。そもそも「経済成長」とは何なのかが問題だ。一方で無駄な消費をドンドン増やすことで資本の過剰を処理しながら他方で無駄な生産の増大のために地球の資源を使い果たし自然環境を破壊し、まったく無意味な市場競争を無制限に激化させ、労働者はそのためにこき使われ、グローバル資本同士の競争のための国家間競争に加担させられ、そのために「愛国心」を植えつけられ、そして最後は戦争という最大の「無駄な消費」に行き着く。これが「経済成長」と言えるのか?
 労働者の生みだす価値は社会的に正当な形で労働者に還元されねばならず、そのために社会の生産から消費に至るシステム全体が労働者にとって合理的に整えられねばならないはずではないのか? しかし安倍政権を初めいまの政党にはそうした視点はまったくないと言ってよいだろう。いま私たちは過激で危険なポピュリズムに便乗することなく、じっくり冷静に私たちの将来を考える時ではないのか?

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