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2016年10月18日 (火)

死に行く資本主義経済体制の中で「成長」を叫ぶ現政権の矛盾

 さきほど国会でのTPP問題質疑の場面がニュースで報じられたが、維新の会の議員が、「(TPPに)いやいやではなく積極的に賛成だ」と言ったのに気をよくして、安倍首相は「日本の農業は利益を上げることができると思う。そもそも成長なくして世界の中で生き残れないし、そこから生まれる結果を社会保障にも適用できるようになるのであって、そのためには自由貿易を前提とした競争を積極的に進めなければならない」という様な発言をしていた。つまり国際的市場競争に打ち勝つために「経済成長」が必要であり、その上にたって初めて社会保障や豊かな生活が成り立つ、というとらえ方である。「成長こそわがすべて」と叫ぶ安倍首相に対し、これと対決すべき民進党・共産党なども実はその基本的考え方は同じなのである。だから野党の存在の影が薄いのは当然だろう。

 しかし、一方ではすでに資本主義経済体制が完全に行き詰まっているという明確な証拠が現れてきている。実はその兆候はすでに1930年代の世界大恐慌時代からあったのであるが、その後、ケインズなどの提唱する国家主導による有効需要(消費)推進型資本主義経済体制が登場し、労働者の生活資料を中心とした商品の消費拡大によって資本の過剰を吸収する政策が定着化した。また同時に「社会主義」圏の経済体制が行き詰まっていった過程があり、アメリカを中心とした戦後型資本主義体制が世界を席巻していったのである。

  戦後の破壊から急速に経済成長した日本を初め主要な資本主義国は、これがいわば普遍的経済体制であると信じ込むようになった。しかしその後、この国家主導型資本主義が国家間の資本主義化の違いなどによる労働賃金の格差やその反面としての過剰資本の国際的流動化などによって国際市場での競争に勝てず、行き詰まりを見せ始めると、今度はフリードマンらが提唱する「新古典派経済学」がアダム・スミス時代に逆戻りし「レッセ・フェール」で「神の手に任せる自由市場経済」を主張し、それがもてはやされるようになった。

 しかし、実はこの「新古典派的自由経済体制」もうまくいくはずがなかった。というのも、それはすでに1920年代に終焉宣告を受けていたからだ。当時、労働者階級の格差の増大と富の偏在が極限に達し、信用による根無し草的虚偽の富の取引の場である株式市場の破綻という形で現れ、たちまち世界恐慌に発展し、それが世界的な戦争への導火線となっていったのだ。残念ながらスターリンらによるあやまった指導によって当時の「社会主義体制側」はその事態を正しく受け止められず、その後、戦後になって「東西冷戦時代」を招きその中で「社会主義経済」の衰退に追い込まれることになった。
 しかしいまその「社会主義体制」はすでにない。だから新自由主義派は思う存分わが世の春を謳歌するように見えたが、その内部では深刻な腐朽化が進んでいった。それが2008年のリーマンショックであり、その後あらゆる金融緩和政策や財政出動を駆使しても景気が回復しないという状況が生まれている。そんな中で打ち出されたのが「アベノミクス」であった。この体制は事実上かつての国家主導型資本主義にもどりながら、「自由市場」を前提としなければやっていけないというジレンマを抱えているのである。だから一方で黒田バズーカで根無し草マネーを市場にたれ流し、他方でアメリカさえも尻込みしているTPPを牽引しようとしているが、それにもかかわらず「成長戦略」はさっぱり進まないという矛盾に陥っている。
 そもそもいまの資本主義経済は過剰な自由競争によってむりやり過剰な資本を生みだし、それを無駄な消費で消化させるという馬鹿げたことをやらないと成り立たなくなっている。そしてその過剰な消費の上に生みだされる過剰資本をもとに莫大な投資が行われ次々と過剰な生産が生みだされ、そこに金本位制から離脱し価値の実体からは遠くかけ離れた巨額の虚偽流動マネーが「信用」という形でやりとりされる世界が生まれている。その虚偽マネーはもはや架空の記号でしかなくなり、それを右から左へと素早く回すことで巨額のもうけを一握りの大資本家達にもたらしているに過ぎないのである。
  実体なき虚偽の「成長」がイメージとして登場するのはこうした背景のもとである。その中で社会的格差やグローバル資本による貧困国での労働の搾取がどんどん進み、企業化した国家間の利害争奪戦がやがて軍事力を伴ったキナ臭いものになりつつあるのだ。
 この虚偽の「成長」はいずれドラスティックな形で破綻するであろうことは確実である。そのとき、いまや天文学的数値となった国家の借金は絶対に「帳消し」にはならないだろう。そのとき、実体経済も破綻し、われわれの生活も破綻することになるだろう。そうなった場合にどう生きのびていくのか真剣に考えなければならないときが来ているようだ。アメリカやヨーロッパの若者たちはすでにそのことを感じ始めているようだ。そして日本の若者たちも.....。そう、だから私はいま、この救いがたい現実を正しく把握し、そこから生きのびるために再びマルクス経済学を学び直そうとしているのだ。

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