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2016年12月11日 (日)

ある公園の少女像

 私が最近よく自転車でくつろぎに行く自然公園のバラ園の中に小さな少女のブロンズ像がある。リスが2匹その少女の側で遊んでいる。一見平和でのどかな風景である。

ところがこの少女は自分の手元の葉を可愛いリスがかじっていることに目を向けていない。あらぬ方向をじっと見つめたまま深く物思いに沈んだ悲しげな表情をしている。
 私は最初に出会ったときからこの少女の表情と態度が大変に気になった。そしてこのか細い身体の小さな目立たぬ女の子が持つ深い孤独とこれから迎えるであろう彼女の人生の重さをひしひしと感じ取ってしまう。
  このブロンズ像の作者の名はどこにも書いてない。しかし作者がこの像に込めた想いは 初冬の人もまばらな公園の光の中で、無言で人の生きることの悲しさと孤独を伝えてくれている。
Bronz_2

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