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2016年9月25日 - 2016年10月1日

2016年9月29日 (木)

大学の軍事技術開発研究受託をどう考えるか?

このところ、大学での自衛隊からの軍事技術開発研究受託が問題となっている。私が大学在職中には学術会議がこうした流れに全面的に反対の立場を表明していたし、学生からも猛反対が出されることが予測されたので、大学でもこうした軍事技術の開発研究はほとんど公には行われていなかった。しかし、個人としての各教員はそれぞれの考えにもとづき、こうした委託を積極的に受け入れていたケースもあったようである。

 その後、世の中は様変わりし、最近は自衛隊の存在を肯定的にとらえる人が多数派となった。 その背景には中国や北朝鮮の急速な軍拡や領土拡張、核開発などに対して「国を護るために自衛隊は必要だ」という意見が主流になってきたことがある。安倍政権はそれに便乗して憲法の改定を行おうとしている。
 特に最近は自衛隊からの研究受託は「デュアりティー」と称して、軍事技術と同時にわれわれの生活に関連した民間の技術開発にも用いられる可能性が高い研究が多い。これに対して、学術会議は、大学での自衛隊からの技術開発研究委託が民間にも活用できる場合は、これを受け入れてもよいのではないか、と言い出した。しかし、大学関係者からはその場合、どこまでが軍事技術でどこからが民間に活用できる技術なのかの判別が難しいという反対意見もだされている。この議論を見ていて私は次のように思った。
 そもそも第二次大戦の戦勝国側では、アメリカもヨーロッパもかつてのソ連でも大学の研究が軍事技術に結びつくことに抵抗はなかったようである。例えば、アメリカでは東西冷戦を背景にしてソ連との激しい軍拡競争の中で、産軍学コングロマリットが形成され、有力な理工系大学とハイテク企業が巨額の軍事予算を大学研究費として積極的に導入し、核ミサイル技術などの開発と同時に宇宙開発技術も急速に進展した。確かに戦争は技術を「進歩」させるのである。
  しかし、その結果はどうであったか。「核抑止力」の名の下に、膨大なカネが使われもしないミサイル網やミサイル探知システム、原子力潜水艦などなどに投じられ、やがてはそれを維持管理するための莫大な国家予算が組まれ、東西冷戦の終息後、ロシアではそれが国民への大きな負担となって経済的苦境に苦しんだ。アメリカではその後、軍事費が削減され、湾岸戦争やアフガニスタンなどでの軍事的行き詰まりなどで「世界の警察官」としての役割を放棄し、オバマ大統領はついに世界的な核廃絶を訴えるまでになった。いま日本ではその二の舞が始まりつつあるともいえるだろう。
 自衛隊からの研究委託が軍事技術に結びつかないはずはないのである。大学やそこの教員がこれを受け入れたがるのは莫大な研究費がそこから獲得できるからなのである。その背景には今世紀の初めに、文科省が国立大学への研究予算を大幅に削減し、独立行政法人化とすることで外部資金を積極的に導入させることでそれを補おうとしたことにあるだろう。そこから大学での研究が企業の資金と結びつき、いわば企業の利潤を上げるための研究開発の一環に組み込まれていったという経緯がある。
もし自衛隊の軍事技術研究開発と一線を画そうとするならば、防衛省からの研究費がなくても済むように文科省が大学の研究予算を大幅に増やすべきなのである。
 すでに日本の国立大学はその自律性を失い、いまや産業界と国家の軍事政策に追従しその「下請け」となりつつある。本来、大学の研究とは、企業の利益や軍事技術という大量破壊大量殺人のためのおそるべき技術の開発やそれによる莫大な無駄遣いのためにあるのではないはずだ。歴史の中での将来を見定め、いまは何の役に立つかは分からないが、人類の発展のためにはいずれ必要となるかも知れない研究のタネを生みだして行くことにあるのだと思う。
それにしてもいまの大学の「リベラル派」研究者といわれる人たちを含めて研究者の意識にある支配的思想風土は、戦争というものの本質とそれがもたらす結果、そしてそれがなぜ何回も繰り返し起きるのかという根本的問題に対する問いの意識がほとんどないことには失望するばかりである。「現実的な考え方」として安易に受け入れる前に、これまでの戦争の内実とそれを可能にしてきた軍事技術を生みだしてきた人々との関係を振り返るべきではないだろうか?

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2016年9月26日 (月)

あらためて資本論を学ぶ

2年ほど前から「資本論を読む会」というグループに参加している。最初半信半疑でこの会に参加しはじめたのであるが、やがて、じつにキチンと資本論を学ぶということをコツコツと続けているその努力と誠実さに感服し、ほとんど欠かさず出席している。この会のリーダーはすでに何回も資本論を読んでおり、資本論の記述に出てくる関連した論者の文献も実によく読んでいる。これまでこのブログで資本論について大きなことを言ってきたがだんだん自分の不勉強が恥ずかしくなってきた今日この頃である。

 例えば、いまは資本論第2巻「資本の流通過程」を読んでいるが、その中で「資本の回転」の問題が扱われている部分がある。ここでマルクスは固定資本と流動資本の区別について論じているが、そこでスミスやリカードへの批判が多くのページにわたって書かれており、そこでは彼らがいかにこの概念を誤ってとらえているか、そして不変資本と可変資本の区別と混同しているか、またスミスとリカードの誤りの質がどう違うかなどについてが具体的に指摘されている。
  この部分はなかなかマルクスの意図がつかみにくく、解釈も一義的に行われにくいところなので苦労する。しかし実はここはかなり重要な部分であるという感じがしてきている。それはこの部分でマルクスは当時の経済学の主流であったスミスやリカードへの徹底した批判を通じて、資本の回転とはいかなる意味を持っているのかをあきらかにしようとしているのが分かってきたからである。
 宇野弘蔵がこの資本の回転の部分を軽視していたらしいことも知り、そう言われてみれば、宇野「経済原論」にはほとんどそのことが触れられていなかったことを思い出した。宇野経済学から多くを学んだ私にとって、ひとつの「宇野離れ」が始まった。恥ずかしながら、このブログでも宇野批判めいたことを書いたが、それはもう少し資本論をキチンと理解してからでないといけないと実感した
 宇野が資本論を「原論」として純化することによって資本論をより明確に「科学」たらしめんとしたことは知られており、資本論が自然科学とは違った意味での科学であることには間違いないが、それを「純化」するとはどういうことなのかが問題である。言い換えればマルクスがなぜ、ここでかくも執拗にスミスやリカードの批判を通じて回転資本の概念を明確化しようとしているのか、その意図を知るべきだろうと思うのである。
 宇野は例えば「資本論の経済学」の中で、理論と実践の関係について述べており、そこでは理論はあくまで純化されねばならず、実践はそれを歴史的発展段階応じて(段階論として)把握した上で政治的実践に適用することで理論の政治経済的意義をあきらかにするというようなことを書いている。しかし、このようにマルクスの理論は純化されるうものなのか? 宇野は実践との関わりで理論がその歴史的発展段階をあきらかにするということを主張するが、逆に現実の具体的社会への批判や活動が理論(原理論)を成長させるのであって、「いまここにある現実の矛盾」をあきらかにしていくことこそ理論を豊かにしていく推進力なのではないだろうか?
 確かに宇野弘蔵はじつに綿密に資本論の原典に当たり、それを「自分なりに」キチンと理解するという主体的把握の態度を貫いたことには立派であったし、私など足下にもおよばないだろう。しかし、どうもそこには最初から「いまここにある現実の矛盾」へのまなざしが乏しく、むしろ原理論からの適用という視点で現状分析を行っているように見え、理論としての純化が優先していたのではないだろうか? つまり学者的視点しかなかったのではないか? それにくらべてマルクスはつねに「いまここにある現実の矛盾」から出発しておりそれが理論研究の原動力になっていたと思うのである。

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