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2016年11月13日 - 2016年11月19日

2016年11月19日 (土)

ラストベルトの労働者は中国の労働者の現実を知るべきだ

 今朝の朝日新聞「トランプショック 世界から」では中国・深圳からのレポートが載っている。そのにはアップルのiPhoneなどを製造している「富士康」の労働者の実体が出ている。「富士康」の工場で働く労働者は中国全土で100万近くいるようだが、主力工場の深圳では30万もの労働者がiPhoneを作っている。その工場の管理部門で働く林さんという労働者は「工場では保秘のため商品名はコードで呼ばれ、私たちも名前ではなく管理番号で呼ばれている」といい、「製造ラインの仕事はつらかった」といってる。そこでは携帯の持ち込みも禁じられ、作業場に入るまで4重ものチェックがある。室内にエアコンはなく、夏は短時間でめまいがしてくる。基本給はこの何年も約3千元(日本円で4万8千円)から上がらない。中国でグローバリズムの恩恵で豊かになっている(日本に「爆買い」に来た人々はこの恩恵に与った一握りの人たちであろう)が、低賃金で働く林さんにはその実感はない。多くの中国人労働者はもっとひどい状態であろうと想像される。

 トランプが遊説中にアメリカの製造業は中国製品などの市場席巻によって廃業に追い込まれたことを強調し、支持者の中には「iPhoneはアメリカが考案したのに中国が製造している。アメリカに雇用を戻すべきだ」と叫ぶ人もいたようだ。
 しかし林さんは、雇用がアメリカに移る心配があるか?と聞くと、「絶対に無理」と答えた。林さんは「私たちもこれが精一杯。この条件で働けるアメリカ人はいないと思う」といった。中国の最低賃金はこの6年で2倍になったが、トップクラスの深圳でも月2030元である。賃金も物価も高いアメリカでiPhoneを製造すれば製品価格はたちまち高騰し、市場で競合製品と太刀打ちできなくなることは確実だ。(このコラムではこの他の中国労働者の例も挙げているが、ここでは省略する)
 こうしたことをトランプはどうやって解決しようとするのか?どう考えても無理であろう。そしてそのトランプを支持してきたアメリカ 「ラストベルト(かつてアメリカを支えた自動車・鉄鋼などの製造業がいまは廃墟となっている地域)の白人労働者たちは、中国でのこの現実を見るべきだろう。
  トランプの主張するように中国に高い関税をかけ、国内産業を保護しようとすれば、かならず中国政府はその報復措置を取るだろう。そして今度はアメリカの別な部門の労働者達がその犠牲となる。しかし自由貿易協定で関税を撤廃すればたちまち各国の労働者はグローバル資本家同士の競争に勝つための手段として犠牲にされ労働者階級の貧困化が進んでいく。
  これが「自由貿易主義」の実像であり、「経済成長」の実像である。問題は危険な排外主義や国家主義・民族主義という誤った方向を目指すのではなく、逆にアメリカの労働者も中国の労働者も、ともに「グローバル資本」に振り回され、彼らの馬鹿げた利益獲得競争のための手段とされてしまっているという現実を理解すべきであろう。
 いまグローバル化しているのは資本であって、そのもとで働く労働者達は国境の壁に閉じ込められ、その中で不当に低い生活水準に落としこまれることによって、資本に莫大な利益を得させている。だからいくら資本家代表政府やその支持者である「エスタブリッシュメント」たちが「自由と民主主義」を掲げて「市場開放」をしてもそれは生活者や労働者の自由や民主主義を奪うことでしか成り立たなくなっていく。この矛盾が資本主義の本来の姿なのである。
 そこから初めて「万国の労働者、団結せよ!」という共通のスタンスが明確になるのではないのか。

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2016年11月16日 (水)

自由貿易主義と民族・国家主義という「矛盾的自己同一」

 TPPを巡るオバマとトランプの対立に典型的に見られるような自由貿易主義と民族・国家主義の対立は、実は同じ資本主義社会という実体の表と裏の関係であるように思える。西田哲学流にいえば資本主義社会における「矛盾的自己同一」の一形態である。

 資本主義社会はその発生以来、12〜13世紀頃の国境を越えた貿易によるベネティア、フィレンツェなどの商人資本の蓄積から始まっている。重商主義論者がモデル化した17世紀フランス資本主義社会の成長期の姿もそれであり、19世紀イギリスにおける植民地の存在を前提とした産業資本主義社会の形成も同様である。国境を越えた商品の取引が資本主義経済の必須の条件であり、それは今日まで変わっていない。ではそれがなぜ矛盾を生じるのか?
それは国境を越えた商品の売り買いが、労働力商品をインクルードしたものであり海外での労働の搾取を前提としているからである。
 産業革命隆盛期のイギリスでは、本国に拠点を置く資本家企業が植民地に進出し、その地に古くから存在していた社会を資本主義経済に巻き込み、資本家的分業の推進により賃労働者を大量に発生させ、本国とは比べものにならないほどの低賃金で過酷な労働のもとに原料商品を本国の工場に送り出していた。一方でこの頃から近代的国家体制が「国益」を護るためと称して農民や労働者によって編成された常備軍を伴って各国に形成され、労働者階級は各国の政治的国境内に囲い込まれたのである。
 だから20世紀初頭には列強と言われる資本主義諸国間での植民地や市場の争奪戦が激化し、第一次世界大戦が起きた時、各国の労働者農民達が互いに個人的には何の恨みもないのに「敵国の兵」として対峙し殺し合うことになった。
 ロシア革命を起点に戦後一旦、世界はインターナショナリズムに向かうかに見えたが、その後、再び民族主義・国家主義が台頭し、経済圏がブロック化されていった。イギリス・フランスを中心とした西ヨーロッパ圏、ドイツ・イタリアを中心とした中央ヨーロッパと東ヨーロッパの一部の経済圏、そして社会主義国ソ連を挟んで日本を中心とした東アジア経済圏、そしてアメリカ経済圏という具合である。
 ここで「国家主義・民族主義」を看板としたいわゆる枢軸側のドイツ・イタリア・日本と「自由・民主主義陣営」の西欧・アメリカ間の対立が深まり第二次世界大戦が起きた。この対立が思想的に見るとどういう意味を持っていたのかは今以て歴史学上大きな課題ではないかと思う。そこでは「お国(天皇)のために」「民族(総統)のために」と称して再び 互いにもともと何の恨みもない労働者、農民同士が殺し合うことになった。
 戦争は「自由・民主主義陣営」の勝利に終わり、その後は非資本主義経済圏であるソ連圏や中国などと「自由・民主主義陣営」の対立が表面化し、いわゆる東西冷戦時代が始まった。その間、核兵器など大量殺戮兵器による軍備拡張をテコとしてアメリカの経済がもっとも成長し、それにサポートされて旧枢軸側のドイツや日本も「自由・民主主義」(日本では平和主義)を掲げて経済成長した。
その一方でソ連圏はその指導部の考え方の致命的誤りなど(ここでも国家主義・民族主義が克服できなかった )が原因で経済的にも思想的にも衰退し、自然消滅に近い状態で消えていった。
 そして政治経済的にいわゆる「パックス・アメリカーナ」や「統合ヨーロッパ」の世界が始まるかに見えたが、それはたちまち崩れていった。「自由・民主主義陣営」の」中で克服されていなかった国家主義・民族主義が再び世界中で噴き出したのである。そのきっかけは2001年9月11日のアルカイダによるテロであった。アメリカの労働者階級は星条旗を掲げ国民的団結を叫んだ。 ブッシュ大統領はこの状況を「テロとの戦争」と位置づけ、アフガンやイラクに進出していったが結局手痛い失敗に終わった。ここでは兵役に駆り出されるアメリカの若者達の間にすでにこの戦争で殺し合いすることの無意味さが実感として拡がっていったからだ。
 この失敗を受けて登場したオバマ大統領は大統領就任以来、海外への軍事費削減を打ちだし、伝統的「自由・民主主義」にもとづく自由貿易主義によって人種を越えた平等な社会を目指すと主張されたが、その内実は自由貿易によって国境を越えて巨万の富を蓄積するのは一握りの大資本であった。生産資本の海外流出、そして低賃金労働でもアメリカで働こうとするメキシコなど貧困国(もとはといえばアメリカなどのグローバル資本がこうした貧困国を世界中に生みだしたのである)からの移民の流入などによって絶対的多数の国内労働者階級は職を奪われた。そこに今度はトランプが登場したのである。
やはりグローバル資本が経済を支配するヨーロッパ圏でも同様であった。各地のイスラム過激派のテロは宗教対立を激化させ、「対テロ戦争」に巻き込まれた国々からの移民の流入を巡ってEUという経済圏をも分断する勢いになった。
 これによって資本主義社会の掲げる「自由・平等」そしてそれにもとづく自由貿易主義は完全に破綻したのである。労働者階級内部での格差の増大が国家主義・民族主義的主張による対立を激化させ、貧困層の間でも人種的対立が深まった(アメリカのラストベルト辺りでは極貧の白人労働者層も多く存在するのである)。
 これは「自由貿易」が労働者の生みだす剰余価値(労働賃金で示される労働力の再生産費分を越えて生みだされる価値部分)を商品の価値に不当に含ませ、その国境を越えた売買によって資本家がこれを「合法的」に獲得し、一方で労働力商品を国境を越えて不当に安く獲得することができる資本主義社会の基本原理がもつ矛盾であると思う。
 だからこの問題は「TPPが悪い」とか「人種差別はいけない」とかいってもそれだけでは決して解決できるようなレベルの問題ではなく、資本主義経済体制そのもののもたらす矛盾であり、たとえば「戦争はいやだ!」といくら叫んでみても決して世界から戦争はなくならないというのと同じことかもしれないのだ。

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2016年11月14日 (月)

トランプ次期大統領に関する論議を巡って(4)

話をリアル・ポリティックの場に移してみよう。

 トランプは、次期大統領に当選するやいなや、それまでの過激な発言とは裏腹な、従来の共和党の政策に近い「常識的」政策案をちらつかせている。そしてトランプ当選直後に大幅な下落を見せた株式市場は今度は一気に上昇した(こんな思惑で巨額なカネを動かしている連中が国の経済を牛耳っているのだからたまったものではないのだが)。これにしたがって、マスコミや各国のトップは、何が起こるか分からないという不安から一歩落ち着き初めて、トランプとうまくやっていく方向をまさぐり始めた。
 しかし、他方では、ニューヨークやロサンゼルス、ポートランドなど全米各地で「トランプはわれわれの大統領ではない」というスローガンでトランプ政権反対運動が持ち上がっている。マスコミやトランプ陣営はこれに対して、「民主的選挙で選ばれた大統領に反旗を翻すのはかえって分断を押し進めることになる」と言っている。
 いまトランプ政権の人事が進んでいる最中なので確かなことは言えないが、おそらくトランプは、共和党の主流派と似たような「現実的な」政策を打ち出さざるを得なくなるだろう。それに対しておそらく、反トランプ派はもちろんのこと、トランプに投票した人々も期待外れとして反発することになるだろう。あの過激な発言はウソだったのか?選挙に勝つための方便でしかなかったのか?という反発である。
 どちらにしてもトランプが政権を取ったことにより白人主義者や国粋主義者が自信を深めることで、外交的な困難や混乱はもちろんのこと、ますます国内の人種差別問題は深刻な様相になり、分断と混乱はますます激しくなるだろう。その分断と混乱がどのような形で展開するかはまだ予測できない。
 したがってここではいたずらに感情的な行動に出る前に、階級的状勢の現実への冷静な分析的視点が必要であり、労働者階級を分断に導いている虚偽のイデオロギーに対して何が正しいかを理論的にあきらかにすることで、分断された労働者階級間の団結を再び取り戻すことができるような政治的能力が必要となるだろう。アメリカの労働者や若者たちはやがてはそうした方向にむかうと信じている。
 そしてそれを「他の世界の出来事」として見るのではなく、結局われわれの日本はおろか世界中の差別と貧困に苦しむ人々が、その本来の社会的地位を取り戻すべき闘いの一環として見ることが必要なのだと思う。

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2016年11月13日 (日)

トランプ次期大統領に関する論議を巡って(3)

 トランプ次期大統領をめぐる論議はまだ続く。今朝の朝日新聞「トランプ ショック どう考える3」では歴史学者エマニュエル・トッドの見解が載っている。トッドは選挙前から「トランプは支離滅裂でも、支持する人たちの反乱には理がある」と言っており、「米国は大転換のとばぐちに立っている」と見ている。トッドは、「生活水準が落ち、余命が短くなる。自由貿易による競争激化で不平等が募っているからだ。そう思う人が増えている白人層は有権者の4分の3。その人たちが自由貿易と移民を問題にした候補に票を投じた」だから選挙結果を「当然の結果」と受け止めている。そしてむしろ「奇妙なのは、みんなが驚いていることだ」という。

  朝日の編集委員大野氏は、これを「世論調査の予測が外れたのはエリート層が社会の現実を把握できていなかったからであり、この選挙結果が暴露したのははエリート層と大衆層の断絶の深さともいえる」とし「深刻な分断を放置した社会では民主主義はきしむ」といっている。まさに日本のエリート層代表のマスコミ朝日新聞にはショックだったのだと思う。朝日新聞もそろそろ「大衆の味方」のふりをしながら実はエリートのオピニオンリーダー(リベラル派支配層のイデオローグ) である ことを反省すべきときがきたのではないだろうか?

それはさておき、前回のアメリカ青年H氏の見解と考え合わせてみると、確かにアメリカ的民主主義が危機にあるといえるだろう。しかし、私はこれを「民主主義の危機」ではなくて、「民主主義そのものの矛盾の現れ」というべきではないかと思う。

 民主主義(正確にはブルジョア的民主主義)がその誕生から持っていた、支配層と被支配層間の分断の隠蔽という本質的機能の矛盾がこうしたほころびとして現れるのだと思う。民主的選挙による議会議員選出に始まり、政治運営のトップを選挙で選び、それが「民意の反映された代表」として国家を動かしていく。しかしそれを支える土台としての資本主義経済体制とその上部構造である「国家」はほとんど絶対的存在として動かし得ない。そして何よりもそうした社会構造を「普遍的な社会の形」と見なして支配する支配的イデオロギーが「社会常識」とされ、それに基づいた法体系とコンセンサスが形成される。そのコンセンサスを左右するのがマスコミであり、「中立」という名目でこの社会の支配層の情報宣伝部門の役割を果たすことになる。
 だからマスコミの論調はいつもこの社会の深層にある矛盾を突き出すことができず、同じ土俵の上で「進歩派(リベラル)」と「保守派」の対決としてパターン化され、あまり生産的でない馬鹿げた議論を繰り返す。被支配階級はつねに「大衆」とか「市民」とか言われて見かけ上は支配層から「市民本位の立場に立つべき」などと持ち上げられるが、本質的には決してその被支配階級である立場は変革されない仕組みになっている。だからそうした矛盾に起因する様々な不満をはぐらかすための「ガス抜き」が用意され、無責任で過激な発言や突飛なパフォーマンスがもてはやされるようになる。そしてこれがポピュリズムを生みだす。だから今回の大統領選やイギリスの国民投票の様な結果が生まれる。
  いま世界中で現れている危機の本質はこうした階級社会の統治システムがもう限界に来ているということを示しており、この支配構造の矛盾を根本から変革する必要に直面しているのだと思う。
  問題は長い間支配階級によって「衆愚化」され続けてきた被支配階級が事の真実を理解できないまま内部分裂し、互いにせめぎ合っていることである。そしてそこにはつねにこの被支配階級間の分裂を支配階級の維持のために利用しようする方向へのイデオロギー(国家主義・民族主義など)が注入され、その先にブルジョア国家間の戦争という形でもっとも残酷な結果を生む危険を帯びているということではないだろうか。
 アメリカの様な多民族国家ではこれがレイシズムのような形で表れるが、日本ではこれとは違った形で同じ労働者階級内での「差別化」が進み、やはり同じ階級内部でのせめぎ合いが激化している。ひとまずいまはこうした無益なせめぎ合いを止めるために支配的イデオロギーの虚偽性に抗して事の真実を見極める能力を持つことが必要なのではないだろうか。
(続く)

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