« オリバー・ストーン監督の「トランプ支持?」発言を巡って | トップページ | 帽子をかぶった少女像(続き) »

2017年1月27日 (金)

1970年代から始まったアメリカ社会の変質を考える

 前回、オリバー・ストーン氏のトランプ観について書いたとき、トランプが「偉大なアメリカを取り戻す」と叫ぶときの「偉大なアメリカ」とは1950-60年代のアメリカをイメージしていると私は書いた。

 ちょうど今朝のNHK BS1で「映像の世紀ーベトナムの衝撃」という記録映像をやっていたのでその内容と関連させて考えて見ようと思う。
 1960年代は一方で東西冷戦が深刻化し、核戦争の危機が現実となっていた時代であり、他方ではアメリカの労働者達の生活が消費文明化していた時代であった。当時のアメリカ大統領ケネディーは、一方でキューバ危機を何とか回避すると同時に、「アメリカはアメリカ市民の平和と自由を護るだけでなく、世界中の人々の自由と平和を望んでいる」と演説していた。
しかし、国内では黒人の公民権運動が盛んになり、キング牧師が脚光を浴び、それに理解を示したケネディーは暗殺された。
 その後を継いだジョンソン大統領はしかし、「社会主義の拡大を防ぐため」と称して、ベトナムに軍事介入し、以来泥沼のベトナム戦争の当事者となっていった。しかし無差別的に殺される農民や破壊される村々を見て、ベトナムの人々はアメリカのこのような行為に対して、決して「自由と平和のための闘い」とは見ず、むしろ解放戦線側に与していった。そしてアメリカでもこれを「正義なき闘い」と感じる学生達が国内で反戦運動を盛り上げていった。
 一方で国内の反戦運動の高まりでベトナム戦での立場が不利な状況になってきたことに危機感を持ったジョンソンは「サイレント・マジョリティー」に訴えかけ、このような反戦運動に歯止めを掛けようとした。「サイレント・マジョリティー」の中身は大半がブルーカラーの労働者達であった。彼らは反戦運動を行う学生達は「豊かな家で育ったわがままな連中で、本当にアメリカを支えてきたのは自分たち労働者だというプライドを持ち、「星条旗を汚すのは許せない」として彼らを批判した。その後、アメリカの官憲は徹底的にこの反戦運動を取り締まるようになって行っていったが、結局、ニクソン大統領の時代に膨大な戦費や若者達の厭戦観の拡大でベトナムからの撤退を余儀なくされ、1975年にはベトナム解放戦線が全土を掌握し、戦争は終結した。
 ここからアメリカは徐々に変質しだした様に思える。ここで以下の様なことが問題となる。
(1)1960年代まで莫大な軍事費を計上してもやって行けたアメリカの国家予算がなぜこの頃からやっていけなくなって行ったのか?
(2)なぜ当時「サイレント・マジョリティー」だったアメリカのブルーカラー労働者たちが「社会主義」を悪魔の様な敵と感じ、「星条旗」を神聖なものと見たのか?そしてその後惨めな状況に突き落とされながらいまなお「偉大なアメリカ」の再現を信じるのか?
(3)なぜ反戦運動を盛り上げ、ベトナム戦争を終結に導いたアメリカの若者達の多くが、その後、ヒッピーや麻薬のとりこになってドロップアウトしてしまい、その一方で彼らの一部が当時勃興しつつあったコンピュータ関連などの新興資本家になって行くことで新たな「エスタブリッシュメント」になって行き「中間層」の格差が拡がって行ったのか?
など。
 こうした問題を考えることが、今日のアメリカでの状況、例えばトランプの様な排外主義的大統領がなぜアメリカの労働者階級に支持され、なぜいわゆる「中産階級」の分断と格差拡大が生じたのか。そして「世界の警察官」アメリカがなぜ中東での紛争解決に失敗し、それを投げ出したのか、などの疑問により深い回答を求めることにつながるかも知れない。

|

« オリバー・ストーン監督の「トランプ支持?」発言を巡って | トップページ | 帽子をかぶった少女像(続き) »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/210651/64815528

この記事へのトラックバック一覧です: 1970年代から始まったアメリカ社会の変質を考える:

« オリバー・ストーン監督の「トランプ支持?」発言を巡って | トップページ | 帽子をかぶった少女像(続き) »