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2017年1月12日 (木)

「不確かだけどかなり確率の高い2017年予測」の一部修正と追加

 その後の情報から次のような事実が分かってきた。中国ではネット通販による農村地域への市場開拓が進み、沿岸部の経済的開発の進んだ地域からこれまで開発から疎外されていた奥地の農村地域への商品流通が加速されているらしい。李克強首相らによる国内市場活性化政策がこれを推進している。

 つまり中国は国際市場での価格競争に勝つための重工業部門での設備投資過剰や生産過剰、そして沿岸部工場地帯で労働賃金高騰に伴う海外市場での中国商品競争力の低下などによる「経済成長」鈍化を補うために国内市場の活性化を進めているのだ。
 しかし、こうした奥地農村地帯での商品流通活性化はそれによってこれまである程度自給自足的部分があった農民の生活形態を完全に商品経済化していくことになり、農村でも都会と同様オカネがなければ生活できないという状態が促進される。
  そうなると農民達はオカネを稼ぐためにどこかの企業に雇用されて賃金労働者になるか、農業生産物の価格が高騰しないとやっていけなくなる。一つの方向としては農業を完全な資本主義的企業経営にすることだろう。農民達はそこに雇用されて労働者となる。しかしもしそうなっても、やはり沿岸工業地帯の都市部で生活する労働者と奥地農村地帯の農業労働者の賃金の格差はなくならないだろう。そして生活形態が都市労働者のそれと同様になるにつれて、その賃金差が農業労働者たちに大きな不満となることが考えられる。
 農村部の人々はこれまである程度自給自足で食料などの生活資料が得られていたので非常に低い生活費でもなんとか生活できていた。だから中国の農産物は非常に低価格で国内にも国際的にも販売できた。そのことが中国全土の労働者の賃金を比較的に低い状態で置くことを可能にしていた一因とも考えられる。
  しかしその状態が崩れ始めると中国全体の労働者はより高い賃金でなければやっていけなくなる。現にいまでさえ都市部の労働者は他の資本主義国に比べ低い労働賃金に大きな不満を感じている。
 いまの中国経済はグローバル資本の拡大を前提として成長しており、国際市場での低価格な商品の輸出によって成長し、その結果生じたひずみを是正するために国内市場の活性化を図っているのであって、かつて国内市場の発展から始まった1960年代の日本の経済成長とは発展過程が逆なのである。
 したがって中国は国際市場での経済的支配権を確立しようとすればするほど、国内の情勢が悪化するというジレンマに陥ることになるかもしれない。
 一方、トランプ政権下でのアメリカは国外の工場でつくられた自動車などの工業製品には高い関税を掛けて、国内の産業を保護すると強調している。大手自動車メーカーの一部はこれに従ってアメリカ国内での雇用を増やすと宣言している。しかし、実際には国内の工場の生産ラインはどんどん自動化され、少ない労働力で多くのクルマを生産できるように(つまり合理化) しないと採算が採れなくなっている。しかしそれには莫大な設備投資が必要でありそれによるリスクも大きい。だからメキシコあたりに工場を作ってそこの労働者を雇用することで生産コストを切り下げている。一方で、「生産部門」といっても設計やデザインなどいわゆる頭脳労働者の担当する部門は国内に維持している。つまり"Designed in USA assembled in Mexico"が「メイドインアメリカ」の姿なのだ。
 おそらくはエリートである頭脳労働者は社会的にそう多くは供給されない。 従って高い賃金が支払われ、こうした部門では海外からの頭脳労働者も優秀であれば抵抗なく雇用されることが多い。しかしフツーの頭脳や身体を持つ残り90%の人たちは、生活費の安い国々で生活する大量の人々とグローバルな労働市場でつねに互いに競争し合うことになる。こうして国内の労働者間での格差は拡がり、従ってフツーの労働者は賃金水準を護るためにそうした国々の労働者の受け入れに反発するようになる。これは賃金労働者の意識としてはある意味で当然のことだ。
 資本のグローバル化は商品市場のグローバル化であると同時に労働市場のグローバル化でもある。一方で商品のグローバル化が進むことで低廉な商品が世界市場を席巻することができるようになるが、そのためには、他方で低賃金の労働力がグローバル労働市場に登場することになるのだ。
 しかもグローバル資本は、資本蓄積の進んだ国の労働者の賃金をある程度高くして生活消費財の購買力を付けさせ、国内市場では労働力の安い国々から輸入した安い生活資料商品を大量に販売し、「消費の活性化」を行い、労働者達に「どんどんモノを消費する豊かな生活」という幻想を抱かせることで、グローバル資本による世界レベルでの搾取の事実に気付かせずに最大限の利潤を獲得することができる。これがグローバル資本が国内市場の活性化を必要とする最大の理由である。
 しかし、同時に国内の労働者の購買力を維持させるためにはその雇用の安定や生活水準の維持を図らねばならず、さもないと国内の労働者の不満はやがてグローバル資本やその代表政府への不信感を起こさせ、ひいては反グローバル資本を掲げた労働者間の国際連帯が生みだされかねない。グローバル資本にとってこれが最も恐れることなのである。
 そこで資本家代表政府は「国内の雇用を護るため」という理由で賃金の安い国々からの大量労働者の流入を防がなければならなくなる。ここでフツーの労働者の意識とグローバル資本家たちの意識は一致する。そこでポピュリズムが炎上し、資本家代表政府は国境の壁を高くし、本来は同じ立場の労働者階級である他国の労働者たちを「国家主義」や「人種主義」などの排外的思想で排除させ、その不満を国外に向けさせるのである。

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