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2017年1月 4日 (水)

相変わらず底の浅い朝日新聞の現状分析(ちょっと長いが我慢して!)

 朝日新聞が今年の初頭から「我々はどこから来てどこへむかうのか」という特集記事を掲載している。不安な時代を迎えた「いま」を情勢分析しようというのである。今朝の第3回は「成長信仰」と題して経済成長万能論を批判している。

 この記事の担当の原真人編集委員の分析によると、安倍政権が打ち出した、異次元の金融緩和による国債の買い支えやマイナス金利政策は「経済成長」を強引に生みだそうとする政策であったが、それが成功しておらず、世界的に見ても「成長」は横ばいを続けている。しかしその間にも我々の生活は便利になり、それなりに充実しており、豊かになっている。しかし経済成長という物指しにはこれが表れない、として経済成長の計算基準となっているGDPという指標の歴史について述べている。
 その中で原氏はダイアン・コイル、アンガス・マディソン、ウイリアム・バーンスタインなどの識者の見解を紹介し、イギリスの産業革命が「経済成長」の起点と考えられ、1820年頃から私有財産制度や資本市場が整い始めたため急速な成長が始まったとしている。そしてGDPという考え方は1930年代の世界大恐慌時代に登場したのであって、第2次世界大戦に向けた生産力の分析が必要だったからだったとしている。さらに京都大学名誉教授の佐伯啓思氏(朝日はこの御仁が大好きの様だが)の説として、国家が成長を必要としたのはもともと冷戦期に資本主義陣営が社会主義陣営に勝つためであって、それだけに過ぎず、なぜ成長が必要なのかという根源的な問いに、経済理論は答えがない、という意見を引用している。 
 そして原氏は、1970年代に「ローマクラブ」による「成長の限界」という報告書が大きな問題になったがその後、その問題意識は薄れ、「成長信仰」だけが一人歩きを始めた、としている。そして「成長」とともに機能してきた国家機構から独立した中央銀行の役割がそろそろ意味を成さなくなりつつあり、強引な成長政策でも「トリックルダウン」は起きず、高度成長期に育ち健全な思想や生活を維持していた中間層は崩壊し、格差が拡がっている。博報堂の調査によれば、人々は「日本の現状はこの先も変化がない、と考える傾向が強くなっているが、しかし身の回りで楽しいことが増え、いやなことが減った、と考える人が多くなっている。世界は低成長を受け入れる成熟社会になりつつあるとし、人々の意識が定常社会を前向きに受け止めつつある変化がはっきり示されていると結論している。
 さてここで、一番問題なのは、イギリスの産業革命などをもたらした資本主義経済体制の分析をもっとも早くからしかも深く行ってきたマルクスの見解が意識的に無視されているということだ。朝日新聞はマルクスの思想を「偏った思想」として考えている証拠であろう。
 この「エセ中立(リベラル)思想」が災いして朝日新聞のこうした記事はほとんどの場合底が浅く無内容である。
 そもそも「経済成長」とは資本の成長を意味するものであり、マルクスは資本論の中で、こうした資本の成長が何をもたらしているのかをつぶさにそして深く分析している。しかしその後、マルクスの存命時代になかった様々な歴史的変化が現れ、それに対応した資本主義体制の変貌があった。我々の世代はその変貌した資本主義体制がどのようなものであるのかをマルクスの分析と理論を武器にして(それは単なる資本論の当てはめではなく、ましてその歪曲などでは決してなく)リアルに行って行く必要があるのだと思う。
 例えば、資本主義体制の矛盾が頂点に達した結果起きた第一次世界大戦とそのさなか1917年のロシア革命に始まった「非資本主義体制」への挑戦が、当時の資本主義体制にどのような影響を与え、その後、資本主義体制がどのように変化したのか、そして同時にそれが他方で「社会主義」体制をどのように変貌させ、その後再び第二次世界大戦を起こす結果となったのか、さらに戦後生まれた「東西冷戦体制」の中で、資本主義体制、「社会主義」体制が相互にどのように影響し合い、1990年代の「社会主義」体制崩壊を招いたのか、そしてその後の「資本主義一極世界」がいまなぜ崩壊しつつあるのか、ということをしっかりととらえ直すことがまず前提である。そしてその上で、今起きていること、つまり朝日新聞が取り上げているような現実をどう分析するのかが問題である。
 その分析はこの欄だけでは到底収まらないので別の機会に行う予定であるが、とりあえず、ここで要点だけを書いておこう。
 1960-70年代の「高度成長期」とは戦後日本資本主義体制のゼロリセットから始まった資本の再蓄積への「成長」であって、それは一方で「社会主義圏」の存在をにらみつつ、他方で自国の労働者階級の反資本主義運動への歯止めをかける必要上から生まれたものであったということ。だから一方でインフレ政策をとり、他方でそれによる労働賃金の見かけ上の上昇を図り、労働者の生活資料の生産と消費のサイクルを資本の回転の中での成長の重要な契機として位置づけた政策だったということである。要するに労働者階級の生活資料生産と消費は完全に資本成長の手段とされてしまったのである。
 労働者の生活は生活資料の購入が加速されることによって物質的に「豊か」になったかのように見え、それが労働者の階級的意識や反資本主義闘争を崩壊させることに成功した。同時に労働者階級の多くの部分が「中間層」意識を植えつけられ、一定程度の資本主義批判や「個人の主張の自由」を認められながらも、それら全体がいわゆる「社会常識」(これがいまやステータス階級の意識として反発の対象とされている)を越えないものとして容認される社会を築いてきたのである。
 それがいま、「資本主義一極世界」となってグローバル化した資本にとってはいわゆる先進国の労働者階級に「高度成長期」にもたらされた相対的な高賃金が資本家にとっての阻害要因となって、世界中の労働賃金の安い国々の労働を搾取する(生産拠点を海外に移すという形で)様になっていった。そのためそうした資本の動きの中で莫大な資本を蓄積した資本家のもとに雇用されている労働者や高度な知識や特殊技術を持った労働者などは富裕層化し、そうでない企業にいた普通の労働者は貧困層に落ちて行かざるを得なくなった。
 いま「定常社会」といわれる中で貧困層に「定常化」される人々が増え続け、将来への希望を見失った人々はポケモンやお笑い芸人やスポーツ番組の中に「楽しいものが増えた」と感じつつ現実逃避の世界に浸っているのかもしれない。朝日の原さんそう思いませんか?

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