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2017年3月21日 (火)

グローバル資本形成の過程(その2:大量消費社会という麻薬の形成)

 こうして資本主義経済体制でのグローバルな市場競争とその対立の物質的根拠である国家という資本の利害を護る壁を挟んでの労働者階級階級・農民の戦場への総動員という矛盾が20世紀前半の世界を特徴づけていたといえるだろう。

 一方、それまでヨーロッパとは一線を画して急速に発展してきたにも関わらず、1930年代には過剰資本がもたらす経済恐慌によって危機に陥ったアメリカ資本主義が、経済政策の抜本的修正を打ち出すことによって息を吹き返し、土木インフラ産業や軍需産業などを通じて行う過剰資本の処理方法を確立させていった。そのため第2次大戦ではこのアメリカ資本の生み出す巨大な物量の軍事力によって「自由主義」陣営が援けられ、戦争を勝利に導いた。それは核兵器による人体実験ともいえる広島・長崎の惨劇を経て、3つの陣営で数千万の犠牲者を生んで終わった。

 そして戦後はソ連型「社会主義圏」と、アメリカ型資本主義を中心とした「自由主義」陣営の対立する東西冷戦時代がやってきた。それはつねに核戦争の危機をはらみながら、その一方でそれを可能にした軍事技術の応用が生み出した「もう一つの果実」である高度な技術による耐久消費財などの民生機器商品を中心とした大量消費社会という新たな過剰資本処理システムによって資本主義陣営を再び活性化していった。このシステムは国家が国内総資本の立場で中央銀行での貨幣発行量や公定歩合のコントロールなどを通じて、資本蓄積が維持される範囲内で労働賃金を少しずつ高騰させていくことにより労働者に商品購買力をつけさせると同時に貨幣価値を少しずつ低下せせていくインフレ政策によって間接的に労働賃金と資本蓄積のバランスをとるタイプのアメリカ型国家主導型資本主義経済として定着していった。

 一方ソ連圏では、アメリカと対抗するために核を中心とした軍事力の開発が国家の大目標となったが、その一方で労働者の生活資料や生活状態そのものはアメリカに遠く及ばない状態となっていった。スターリンの後継者である党官僚の独裁体制による「計画経済」の元で、ノルマ化された労働を行い、雇用や社会保障の面はさておいても労働の主体性や歓びは失われ、トップダウンな政治による労働者階級の無力化が進んだ。

 またアメリカでは戦後一時期知識人や労働者の間に浸透していった「社会主義」的思想が、いわゆる「レッドパージ」によって駆逐され、巨大な経済力によってもたらされる「消費」の歓びに労働者たちは呑み込まれていった。そして社会主義や共産主義は「悪魔の思想」とされるに至った。
 そこでは労働者が生産過程で労働を搾取されるだけではなく、同時に「消費者」として、生活資料を中心とした商品を消費させることで資本に利潤をもたらすための手段とされた。 こうして大量の生活資料商品の消費や娯楽の消費がアメリカ的大衆社会を形成していった。
  それは「消費者」こそが王様であって、「消費者」は何でも自由に消費できるし、わがままな発言もすることができるという意味での「自由社会」である。それは労働を資本に支配された「賃金奴隷」としての労働者が資本から与えられた「麻薬としての消費」であると言ってもよいだろう。労働者階級に「社会主義」からの影響を受け階級意識を目覚めさせないためという意図の元で行われた資本主義社会の新たな変貌であったともいえるだろう。
 そこでは広告や宣伝そしてマスコミが社会的に大きな役割を持つ様になり、大量消費を生み出すためにあらゆる手段が用いられ「マス社会化」現象が生まれていった。そこからは「物事を決して深く考えない大衆」が大量に生み出されていった。それはいわば労働者階級としての魂を抜かれてしまった「消費マシーン」であった。この状況が現代的なポピュリズムを生み出したともいえるだろう。
 やがてアメリカ型の資本主義社会がドイツや日本という敗戦国を含めて西側諸国を支配して行き、ソ連型政治・経済体制が行き詰まる中で、この「アメリカ的消費の自由」がグローバル・スタンダードとなっていき、世界の目指すべき目標となったのである。
  この過程で1960年代にはかつての敗戦国ドイツや日本がこのアメリカの支配下に置かれながらも敗戦でのゼロリセットから立ち上がることで急速に新たな資本主義的生産体制を構築し、このアメリカ的資本主義の生み出した新技術の成果を巧みに導入し、瞬く間に「軍事力なきアメリカ型資本主義経済」を成長させていった。それは主としていわゆる民生機器を含む耐久消費財商品の生産であり、その量産と大量消費による資本の蓄積を目指すものであった。
 こうして1970-80年代には自動車、精密機器、家電製品などの分野で日本とドイツは世界市場での覇権を握っていった。
 しかしその一方で世界経済全体が「過剰な(つまり無駄の)生産」を前提とした生産体制になり、経済成長という名目で資本の蓄積を進め、その「おこぼれ」的税収や労働者の生活費から搾り取る税金によって社会保障など公共的予算を政府がひねり出すという社会となった。「経済成長」が続けば雇用が増え、労働者は安定した生活を営めると言われ、労働者階級は「消費の麻薬」にどっぷりつかった状態で「景気の活性化」を望みながら「賃金奴隷」の立場を永続化させられる。だから労働組合も雇用の増大と賃上げは要求するが決して労働者階級への権力移譲を主張しなくなった。その一方で過剰資本は過剰消費として消化され、過剰な生産が資源の枯渇や環境汚染や地球規模の悪化を促進させていった。
 こうした中で、1990年代になって日本では「バブル経済」と言われた資本の過剰状態が限界となってまず不動産市場や金融・証券市場が行き詰まり、続いて製造業やサービス産業などが不況に陥り失業者が増大した。一方アメリカはコンピュータ技術の開発をテコに情報技術の分野で巻き返しを図り、「IT革命」といわれる状況を生み出した。
 その結果、アメリカなどでは情報技術に携わる頭脳労働者が不足する事態を招き、同時にこの頃から台頭した中国などの後発「国家主導資本主義国」が安い商品で世界市場に進出する中で、アメリカ型資本主義の量産体制で求められるアッセンブリー労働などの単純労働力は圧倒的に賃金が安いそれらの国々に求められるようになっていった。そのためアメリカでは多くの製造業でベテラン労働者が職を失なっていった。一方で、若い頭脳労働者たちの生み出す「知財」が世界市場での武器となっていった。
 こうして"Designed in USA assembled in China"という形で一つの労働生産物を生み出すためにもっとも労働生産性が高くしかも安い労働コストで済むような構成で多くの国々に配置された労働者が資本に使われるという国際的分業形態が進んだ。日本などでは国内での生産の「合理化」が進み、量産企業ではロボットが労働者に取って代わるようになって行った。
 20世紀末には資本主義の「宿敵」であった「社会主義圏」が国内産業の不振からその莫大な軍事維持費がまかなえず、労働者の生活もままならなくなってくるという内部矛盾が限界に達して崩壊した。それにより「自由世界」を名乗るアメリカ型資本主義は旧社会主義圏にも進出しそれを市場の一部として取り込むことで文字通りグローバル・スタンダードとなり、世界を支配することになったのである。
 グローバル資本は多国籍化された企業で運営され、世界各国での税制や生活水準の違いを巧みに利用してもっとも効率よく資本の増殖と蓄積を行える体制でその拠点を世界各地に配置し、互いに市場での覇を競っている。しかし、それによる重大な矛盾と危機がやがて顕著になっていった。

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