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2017年4月14日 (金)

資本論を理解することの私なりの意味

 もう半世紀近く前の話ですが、私はかつて学生運動をやっていた友人に触発されて資本論を読み始めたのですが、第1巻まで読み終わったところで自分の生活状況の変化などからずっとその先を読まないままでいました。その間宇野弘蔵の経済原論や価値論などから多くの資本論研究の成果を学び、私なりにある程度理解が進んだ様に思っていました。しかし、その後いわゆる「社会主義圏」の崩壊、そしてアメリカを中心とした資本主義が世界を席巻することになり、それによって「(アメリカ的な)自由と民主主義」という社会観がいわば普遍化されていく中で、資本はグローバル化され続け、その矛盾がありとあらゆる場所で様々な形で噴出するのを見ていて、再び資本論をキチンと読み直そうと決心しました。

 ちょうど学生時代の先輩からある資本論購読会を紹介され、そこに加わりましたが、そのグループは宇野弘蔵のマルクス研究を評価せず、「俗流経済学者」と決めつけていたので、宇野経済学から多くのものを学んだ私には抵抗感がありましたが、資本論をキチンと理解しようとする真摯な姿勢に私は共感しまた。その会を通じて私は初めて難解な第2巻の前半部をなんとか読み終えることができました。これはおそらく自分一人では難しかっただろうと思っています。後半の再生産表式を巡る理論に関してはすでに一部読んでいたのと宇野経済学から学んだ知識もあるので、前半ほど難渋はしないで済むのではないかと思っています。そして第3巻までなんとか読み終わりたいと考えています。
 こうして資本論を読み進むことによって、マルクスの分析の科学的・論理的冷徹さをますます感じ始めました。これはいわゆる「選択肢としてのイデオロギーの一つ」などという範疇をはるかに超えて、自然史的レベルまでをも視野に入れた研究・分析だとわかります。しかもそれは単なる現実社会のへの「科学的理解」だけではなく、同時に人類社会の未来とはどのようなものであるべきかを指し示す社会科学的根拠をもたらす、実践の基盤になるものだと思います。これを安易な「理解」で歪曲したり、無視しようとすることは簡単でしょうが、そんな歪曲や無視はいずれ歴史からしっぺ返しを受けることになるでしょう。
 もちろんマルクスの研究成果をさらに発展させるための批判は必要で、それが生産的批判であるためには、現実社会が歴史の中でどのように展開されているのかをつぶさに見る必要があります。マルクスが死んで130年以上も経ち、激動の20世紀を超えて現在があります。この歴史過程の中でいま目の前で起きている矛盾に充ちた事実をどう理解するのか、そのとき、マルクスの研究成果が必要になり、しかもそれをできうる限り理解して自分のものにしているべきなのだと思います。
 そしてその理解された限りでの理論を武器として目の前の現実社会で起きている矛盾を分析し、問題の根拠と構造を解明し(現状分析として)、それを表明することがまず必要です。その上でそれを巡ってのディスカッションが必要で、こうした過程を経て、資本論への理解が進むと同時にその成果をさらに高いレベルに発展させることができ、私たちの目指すべき未来社会の姿が具体化されていくのだと思います。
 イデオロギーはこうした真摯なディスカッションを経た冷徹な論理・科学的理解のうえに築かれる思想としてあるべきであって、独断的な解釈やトップダウン的決めつけによる「イデオロギー主義」や、感性だけに訴えるどこかの宗教を信じることと同じではありません。
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 このような考えで私は不十分な理解と承知しながらこのブログ上で自分の分析や意見を表明してきましたし今後も続けていくつもりです。しかし知名度が低いブログであるせいか、読者からの批判やコメントが少なく、肝心のディスカッションはあまりできていません。その点は残念です。

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