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2017年5月20日 (土)

朝日新聞オピニオン欄「私の視点」での内田氏の意見に賛成する

 今朝の朝日新聞 オピニオン欄の「私の視点」に投稿されていた弁護士の内田雅敏氏の「”異論のススメ”に異論」で述べられている意見に私は全面的に賛成する。

 内田氏は5月5日付けの朝日 佐伯啓思氏のコラム「異論のススメ 憲法9条の矛盾 平和守るために闘わねば」への異論を展開している。
 ここで、内田氏は佐伯氏が、中国との国交回復が行われた後も尖閣問題は棚上げされ領土問題は解決されておらず、厳密にはいまだに戦争状態は終結していないとし、結局平和を守るためにも闘わねばならないであろうと述べ、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持(憲法前文)するわけには行かなくなった。この信頼を前提としていた非武装平和主義は成り立たない」と結論していることへの反論をしているのだ。
 ここで内田氏は憲法前文が「諸国家」ではなく「諸国民」としていることを指摘し、「国同士はどうあれ、民衆同士は戦争を望んでいない。国が、メディアが、反日、反中、反韓をあおらねば、民衆同士は仲良くできる。外国人観光客の多さを見ればよい」と反撃している。まさにその通り!
 内田氏はそれに付け加えて「今日のような事態は憲法制定当時にもあったし、十分想定されていた。(それにもかかわらずーー引用者追加)戦争の惨禍を体験した先人たちは、戦争は絶対にしてはならないと覚悟し、戦争放棄・平和主義の憲法を歓迎した。として47年に出した文部省(当時)の「あたらしい憲法のはなし」を紹介している。そこには「みなさんは、けっして心細く思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことくらい強いものはありません」 私はこれをまったく正論と思う。
 この「異論のススメ」を朝日に連載している佐伯啓思氏の憲法観についてはすでに私のこのブログの「朝日「耕論」における佐伯啓思氏の憲法見解への疑問」(2015.05.01)というページで述べているが、そこで私は佐伯氏が「国民主権国家」における憲法の矛盾を書いていることへの反論を書いておいた。
  そのコラムで佐伯氏は「近代憲法の根本は国家権力に対する個人の基本的権利の保護にある、としばしばいわれるが、それは生命、財産、自由といった人権こそは人類の普遍的権利だからとされるからだ。ところが、他方で、近代憲法のもう一つの柱は国民主権である。つまり国家権力を構成しているものは国民の意思とされる。するとたちまち疑問が出てくるだろう。基本的人権保障という憲法の根本理念は、この国民の意思を制限し、それに対抗することになるからだ。」というのである。そして「憲法の根拠は、普遍的な人権保障にあるのか、それとも国民主権にあるのか、どうなのか」という原理的な疑問に突き当たるというのだ。その延長上に「(国家の)平和を守るために(国民は)闘わねばならない」という氏の発想がある。まさに安倍政権の憲法改定論と軌を一にする思想である。
 つまり佐伯氏の頭の中には「国家」とそのもとで支配されている「民」の区別がない。近代国家では民が民主的に国家の統治者を選ぶことができるとされており「国民主権国家」とされているが、実はこれがイコール本当の民主主義ではない。近代国家はそれが治める地域の人々の労働を基礎とした経済的土台の上に成り立っており、その労働の成果をだれが掌握しているのかが問題なのである。言い換えればその地域における生産と消費のサイクルを規定している経済的仕組みを誰がコントロールしているのかである。
 確かに封建制や絶対王政の時代に比べれば、民主的な統治形式を持ってように見えるがそれはいわば「国家の外向きの顔」であって、経済システムそのものは決して民主的ではない。これが資本主義経済を基盤とした国家の形であり、そこには労働者や農民が生み出した価値の大半を雇用者(つまり資本家企業)という形で私有化し、その関係を基礎として社会の経済システムを維持するのである。
  そこでは経済的支配者も被支配者もともに「個人」として平等な立場であるかのような虚偽のイデオロギーが支配し、「民」はバラバラな個として分断される一方で、国家がそれを互いに「自由」競争原理を通じて私的利害を貫くためのシステムとして政治的支配構造を確立しているのが近代国家なのだと思う。これは決して普遍的な国家像ではないし、本来の民主主義でもない。いわば民主主義的顔を持ったみえない階級社会なのでありその統治構造が近代国家なのである。
 しかしだからこそ、憲法が必要なのであり、この憲法は支配される「民」の立場からそれを支配する「国家」に制約を与える役割が重要なのである。
 「国家」の名の下にその利害を護るために何の恨みもない他国の「民」と戦わされてきたわれらはどれだけ多くの無意味な死や破壊をこうむってきたか!これが「平和」を守るための戦いの現実ではないのか!

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