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2017年5月 6日 (土)

アベノミクス崩壊の予兆と「安部プライベート憲法」への道

 安倍首相は憲法改正促進派の集会向けにビデオメッセージを送り、その中で、2020年までに改訂実施を目指し、9条には自衛隊の存在をキチンと位置づける、と宣言した。

 それに先立つNHKなどの世論調査では改訂の必要ありがやや多く、必要なしがやや少ないという結果が出たが、それと同時に9条の改訂は必要ないとする意見は過半数を超えていた。
 安倍首相はこれをどう見たのか分からないが、2020年までという根拠もはっきりせず、9条にわざわざ入れなくとも自衛隊は現に存在しているではないか。このビデオメッセージはまるで憲法が「改正」を主張する自分の都合のためにある「プライベート憲法」であるかのような扱いであった。何という驕りだろう!
 このような驕りの背景には安倍政権の支持率が高いということがあるわけで、これに絶対的自信を深め、自分の意のままに「決められる政治」を実行しようというのであろう。
 この支持率の高さはいまのところ何とか維持されている株価や「景気」そしてその裏付けとなる大企業の高収益とそれに支えられる低失業率の維持から来るのであろう。
 しかし、このアベノミクスの現実はまさに崩壊の危機に瀕しているとしか言い様がない。
何度もこのブログでも書いて来てきたが、日銀黒田総裁の「異次元の金融緩和」でばらまくカネが経済を刺激して物価を上昇させ、企業利益を増やし、「うまくいけば」労働者の賃金も上がり、消費が拡大する、という「好循環図式」そのものが地獄への道なのである。
 5月6日の朝日新聞朝刊4面「経済」欄に載っていた、「積極財政 首相に進言次々」という記事でも書かれていたが、例の大投資家ジョージ・ソロスやFSA長官のアデア・ターナーなどから、景気刺激のために国の借金を気にせず財政出動をするように進言されてその気になっているらしい。
  その記事でも取り上げられていた「ヘリコプター・マネー」つまり空からおカネをどんどんばらまけば、景気は必ず良くなるという考え方は、まさに「カネこそわがすべて」の資本家的発想であって、行き詰まった資本主義経済体制への破れかぶれの幻想にすぎない。
 そもそもおカネとは何かと言えば、あるモノを生産する地域とそれを作っていない地域で作られる別のモノを交換して生産物の流通を行うために登場した流通の媒介物であり、本来流通する商品と同じ価値量の貨幣があれば済むものである(もちろん様々な理由で流通期間の長短が生じるのでそれを補完するためにストックされる貨幣も必要であるが)。
 それがその流通に必要な量をはるかに超えて発行されるのは、カネをどんどん使わせて流通を恣意的に速めることで資本(商品および貨幣)の回転を速め、それによる利潤の獲得量を増やそうとすることに動機があるといえるだろう。これはいわゆるインフレ政策の基本にある考え方であるが、この政策がある程度成功したかに見えるのは、その前提として過剰な生産と過剰な消費が意図的に作り出される必要があり、そのため、労働者の賃金を少しずつ上げながらその支出を促すことで、労働者も「豊かな生活」ができ、企業も儲かるという「ウインウイン」の関係が成立するかのように見えるからである。
 しかし、その背景には労働者の買う生活資料商品の販売によってその賃金として支払ったカネを資本家に環流させるという「たくらみ」があるのだ。だから「物価の上昇」が彼らにはキーワードとなっている。
 この考え方は一見、好循環のもとで経済が「成長」するかのように見えるが実は、どんどん虚妄の価値の上に成り立つ空中楼閣的な経済が築き上げられていき、それと同時に過剰な生産が進むことによる資源枯渇や過剰な消費が進むことによる地球環境破壊が進んでいくのである。やがてそれが限界に達したときに初めて現実経済からの手ひどいしっぺ返しを受けることになる。「根無し草」的貨幣の超過により貨幣価値が急落し「超インフレ」となり、同時に「大不況・大失業時代」が到来することになることは確実である。
 現に、その「限界」が見え始めてきた。いくら安部さんが「消費拡大」の旗振りをしてみても労働者階級がモノを買わなくなってきたのである。その理由は労働者達はすでにモノばかり買わされる人生に嫌気がさしてきており、それが決して自分たちの存在意義や自己表現を意味していないことに気づき始めているし、将来への不安が増大しているからなのだろう。つまり安倍首相のいうことが「虚言」に過ぎないという正当な直感があるからだと思う。
 その一方で、かつてのインフレ政策で生まれてきたいわゆる「中間層」の労働者は上層部の「勝ち組」が新世代の資本家として新富裕層となっていき、「負け組」はますます下層に落とされ、新貧困層を形成するようになっている。そしてその多くが新富裕層などの経営する企業、例えば流通販売業、情報通信企業、外食産業、あるいは不動産業やいわゆる奢侈品産業や観光娯楽産業、そしてギャンブル産業などの不生産的産業にぶら下がって生きねばならなくなっている人々が増えている。これが失業率を低く見せているのである。
 こうして下層に突き落とされていった人々の怒りは屈折した形で潜在し、いったん失業率が上がればこれが爆発し、世界的な規模でいわゆるポピュリズムの波を起こしつつある。これに対して一定の危機感を持つ安倍政権はもっぱら「ニッポンを愛する気持ちの大切さ」を宣伝し。「国を護る気概」を宣揚することで「国民的結束」を図ることに努めており、北朝鮮問題はこの安部首相の政策には大きな追い風となっているようだ。
 しかしその底流では世界的に資本主義経済体制の「大崩壊」がじわじわと始まりつつあるようだ。問題はいつこの大崩壊の予兆が現実のものになるかであろう。いずれにせよ本当に社会に必要な労働によって世の中を下支えしている人々同士が国境を挟んで争い殺し合う悲惨な戦争を避け、国境を越えたボトムアップ的社会改革を進めるための連帯と結束を生み出していくことが必要になっているのではないだろうか。

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