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2017年6月30日 (金)

第64回日本デザイン学会春季大会初日の基調講演について

 今日から、拓大で開催されている表記学会で初日の基調講演を聞いてきた。

演者は内田洋行のデザイン子会社であるパワープレイス(株)シニアディレクターの若杉浩一氏である。
 初めは何をしゃべり出すのか分からなかったが、九州弁でダジャレを連発しながら「笑ってほしいときには笑ってくださいね」と会場に向かって言いながら自分でクスクス笑っている。変わった人だ。早口なので何を言ってるのか聞き取れないことが多かったが、そのうちだんだん何を話したいのかが分かってきた。
 彼は九州の大学を卒業した後、内田洋行に就職したが、自分のやりたいデザインがさっぱりできない。いくつかヒット商品も出したが、自分が「これだ!」と思っても会社では「そんなもの売れないよ」と一蹴される。それでも抵抗しながらやっていくうちに「あいつはできの悪いやつだ」と目されたのか「窓際」に配転され、女性の販売員たちと混ぜられてデザインとは関係のない仕事をさせられた。しかし彼はどうしても自分の思い描くデザインをやりたかったので、ふてくされてストレスいっぱいの状態が続き挙げ句の果てに事実上会社をクビになった。
  しかし、あるとき九州の田舎を訪れた際、そこで杉の木を使っていろいろなものを作ろうという運動をやっている人と出会い、意気投合して「日本全国スギダラケ倶楽部」という活動の中に自分のデザイナーとしての居場所を見いだした。この運動は、いま日本中で人手がなくて放置されている山の杉林を巨大な森林資源としてとらえ直し、スギを使った家具や道具を生活の中にどんどん取り込んでいこうという運動だ。
 そこから彼は実にエネルギッシュにさまざまなスギ材を使ったプロダクトを生み出し、それを全国各地に拡げていった。この運動の中で彼は一切金儲けは考えず、むしろお金を使っていろいろなデザイン提案を行った。そのうちいったん辞めた会社からももう一度デザインの仕事に引っ張られ、その会社の製品も手がけることになった。その後彼は様々なデザイン賞を受賞するまでになり、いまでは「MUJI」の仕事も手がけている。
 これを単なる「成功譚」として聞いてはおもしろくも何ともないのだが、彼のデザイン観がおもしろい。
  彼は要するに現代社会のモノ作りがどこかで間違っていると観じている。「売るためにデザインするのではなく必要だからデザインする」のが本当のデザインではないのか?と考える。そしてそれがたまたま「売れた」のなら分かるが、最初から「売れるモノしか作らない」のはおかしい。その結果、いまの社会ではどこに行ってもどこかで見たことのある様なモノしか売っておらず、しかも「売れる場所」である大都会がデザインの「消費地」となり、地方は置き去りにされている。それなのに、大都会では大家族が核家族に分解し、個々がバラバラになってしまい、ともに支え合って生活する環境が崩壊している。そこでは自分たちの生活を自分たちの手で生み出そうとする力は失われ、企業のデザイナーは売るためのモノしかデザインしないがそれは必ずしも社会が本当に求めるモノではない。生活者はただどこかの会社がデザインし売っているものを買うだけの生活になってしまっている。企業では「デザイン・イノベーション 」とか何とかいっているが、これは絶対におかしい!と彼は感じている。そしてこの「スギダラケ倶楽部」の活動にも見られるような、自分たちの求めるモノは自分たちの手で生み出し、それを生活の中で使っていくという本来のデザインに戻るべきだし、それこそが持続的社会を可能にすると考えている。
 この彼の現代デザインに対する基本的認識は私のそれとほとんど同じである。私が「モノ作りの創造性--持続可能なコンパクト社会の実現にむけて」(海文堂 2014)という本の中で述べた次世代社会に求めるデザインの姿とほとんど同じであるといってもよいほどだ。その意味で彼のデザイン観に多くの共感を感じた。
 ただ一つだけ気がかりなことは、彼がいまの会社のトップになり経営陣という立場にたったときに、いつのまにか資本の論理によるデザイン観を持つようにならないとは限らないということだ。いかに「良心的企業」であったとしてもそれが資本主義経済の論理の中に置かれていれば、好むと好まざるとに関わらずその論理のもとで動くことしかできないし、その経営を行う者は「人格化された資本」とならざるを得なくなるからだ。

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