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2017年7月 2日 (日)

第64回日本デザイン学会春季大会の感想

 昨日表記学会の研究発表会やオーガナイズド・セッションを覗いてきた。「慮るデザイン」という大会テーマには違和感を感じた。思いやりがあるとか先を見越したという意味らしいが、私にはどうもその前に取り組まねばならない大きな問題が忘れられているのではないかと感じたからだ。そして各セッションの発表の題目を見る限りどこに「慮るデザイン」が反映されているのかまったく分からなかった。

 さらに、一頃、「モノのデザインからコトのデザインへ」というキーワードで一世を風靡した情報デザイン関係の研究グループも「当事者デザイン」というテーマセッションを開いていたが、これも結局なぜいま「当事者」なのかよく分からなかった。また12〜3年前に現役時代の私が幾人かの人々との協力の下で立ち上げ、その後不本意なかたちで手を引かざるを得なくなったデザイン創造性研究部会の発表もタイトルを見るかぎりあまり研究の蓄積と進展がなく、対象が拡散してしまっているようであった。
 もっとも「堅い」領域であるデザイン理論・方法論研究を進めているグループもどうも「多空間モデル」の科学的正当性に関する議論はどこかにぶっ飛んでしまい、もっぱらそれを実用面で応用する研究に行ってしまったようだ。どうも設計論とかデザイン論とかはその正当性を巡るディスカッションがないまま、例えば「一般設計学」もそうであるが、ある種の権威主義的雰囲気の中で「正当性」が既成事実化されてしまうような気がする。
 こうした中で結局デザインとは何か、という問題は内容希薄な抽象論に陥ってしまい、そこから一歩も進歩しなくなると同時に、その研究対象自体の曖昧さから、領域がどんどん周辺へと拡散し、研究発表数は増えても中核となる部分の研究は取り残されたままになっているのではないだろうか?
 その原因として考えられることは、一つには、ここで扱われている「デザイン」や「設計」という概念が、実は産業革命以後の資本主義経済社会という歴史的に特殊な社会の中で生まれてきたその社会特有の「分業種」にもとづく概念をあたかも歴史を超えて普遍的な概念であるかのように扱ってしまっていることがある。
 「デザイン」という言葉の意味は、産業革命以後の資本主義経済社会でひとつの分業種として登場した「デザイナー」という職能がその根拠であり、「設計」も同様に「設計技術者」というその社会特有の仕組みの中で登場した「職能」である「エンジニア」が根拠であるといってよいだろう。
 そして、これら資本主義社会的分業種が、人間が本来持っている普遍的能力の一側面を、その社会特有の問題点や矛盾を体現する形(例えば「使うためにつくる」を「売るために作る」ことの手段とするように)で歪んだ形で具体化したものであることを見逃すべきではない。それにも拘わらず、さまざまな資本主義的分業種の中にさまざまな形で登場するこの歪んだ形で具体化される「○○デザイン」をそのまま抽象化して、「広い意味でのデザイン」として、あたかも人間が本来持っている普遍的能力そのものであるかのようにとらえることから生じる混乱が「デザインの定義」を曖昧で中身のないものにしていると考えられる。
 そしてこうした矛盾や問題点が生み出すさまざまな社会的問題、例えば、デザインの創造性が本来必要な社会全体の進化に寄与するものとしてではなく、一部の企業の利益を増やす商品の販売促進の手段として用いられ、企業間のいわば無政府的市場競争の中で恣意的に生み出される「ニーズ」によってどんどんモノが売られ、その機能を全うしないうちに捨てられ、廃棄物の山が築かれ、環境は破壊される。資源やエネルギーはこうした過剰で無駄な消費を生み出すための商品の過剰な生産のためにどんどん無駄遣いされ、枯渇していく。
そして、そうした無駄で過剰な消費や過剰な「サービス」を促す機会を「ビジネスチャンス」としてとらえた「イノベーション」がどんどん進められる。その一方で本当に社会にとって必要なことが「経済的に採算が合わない」という理由で置き去りにされていく。どうすれば商品を買ってもらえるかに関しては綿密に「デザイン」されるが、売れたあとはそれがどう使われようと、どう捨てられようほとんど気にしないばかりか、そうした商品が世の中に溢れることでどのような社会的影響が生じるかについてはまったく「デザイン」されていない。これが本当にデザインなのか?
 この現状に「何かがおかしいのでは?」と気づいている人々は多い。デザインの理論研究はまずこの現状と事実に目を向けることが必要なのではないだろうか?

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