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2017年7月14日 (金)

「連合」の堕落をもたらした労働者階級の現状への無知

 日本の労働者階級を代表する機関である「連合」が、安倍政権の進める「働き方改革」の一環としての「高度プロフェッショナル制度」(一般的労働時間規制から外す特令いわゆる「残業代ゼロ法案」)をこれまでの反対の姿勢から受け入れに切り替えた問題は、過労死した労働者たちの遺族や、傘下の労働組合内部からも大きな疑問と反論を生んでいる。

 そもそも安部政権の「働き方改革」そのものが基本的には、社会問題化している過労死や長時間労働への対策と同時に、無駄な残業や長時間化する労働時間を是正することで「労働生産性」を上げて「日本経済の活性化を図る」という形で資本家階級の利害を護ろうとするものであったのだが、すでに労働者側は「労使一体化」が浸透する労働組合の中で、「会社が利益を上げれば従業員の賃金や待遇も改善される」という思想が浸透してしまった雰囲気の中では、労働時間の規制を設けた労働基準法が実質的に無力化されている現実を追認するしかないという雰囲気があり 「裁量労働制」などにも見られるような「働き方改革」にも意義を申し立てる態度は見られなくなっていた。
 そのような雰囲気の中で、安倍政権は、一方で「働き方改革」を掲げることで労働者への理解を示すフリをしながら、同時に他方でそれだけでは日本の資本家階級が世界市場で勝てなくなることを知っていた。
 そこで、「高度プロフェッショナル制度」なる抜け道を作ったのである。「高プロ」はアナリスト、コンサル、為替ディーラー、金融商品開発などいわゆる金融資本関係の知的労働を行う分野の労働者を対象としている。つまりいまグローバル資本が資本主義の腐朽化段階(資本の過剰化が常態化しその処理に膨大な無駄の生産と消費を行いその回転を促進させる金融資本が利潤の原動力となっているという意味で「腐朽化段階の資本主義」という)で最後の頼みにしている金融証券市場での競争にもっとも求められる労働力部門である。
 この「高プロ」に連合は当初反対してきたが、ここに来て、突然部分的修正を条件に基本的に受け入れる態度に変化したのだ。この「連合」の豹変に労働組合内部からは「組合内民主制を踏みにじるものだ」、といった反発が出ている。現にこの部門の知識労働者たちがいま過酷な長時間労働に晒されているからだ。
 しかし、ここで問題なのは、労働者階級の代表機関としての連合が、なぜここまで資本家階級の御用組合化してしまったのかであろう。
 遡れば、1970年代半ばからの旧国鉄、公社などの「民営化」などを通じて現業で強い力を持っていた労働組合が無力化されていき、民間企業も「日本が世界第2の経済大国になった」ともてはやされる中で、労働者階級の上層部がいわゆる「中間層」を形成し、思想的な労使一体化が浸透していった。
  その過程で1960年代までは身体を使う労働を主体とした現業部門の労働者が多数派であったが、1970年代以降は、管理事務、エンジニア、デザイナー、商品企画、営業・販売部門、金融業などで働く知識労働者が多数派になっていったと考えられる。そのため「現業」を主体としていた労働組合は徐々に組織率を低下させ、思想的にも「御用組合化」していったと考えられる。
 この多数派を占めるようになった知識労働者階級が多数派として「中間層」を形成していったといえるが、彼らは、いわゆる「専門職」として、実は資本家の意図を代行する分業種であるのだが、そのことを自覚しない人々がほとんどであって、その意味で労働組合を組織したり既存の労働組合に参加することもなく、資本主義的イデオロギーの中に組み込まれやすく、いつのまにか思想的にはこの矛盾に充ちた資本主義社会の仕組みを「自由主義経済」としてあたかも普遍的な社会形態であるかのように思い込まされてきた。
 この傾向は旧ソ連圏の崩壊後、21世紀になって資本のグローバル化が進むことでさらに強まった。そして連合はこうした中での日本の労働者階級内部の変貌を労働者階級としての視点から少しも分析することができず、いたずらに「現実主義」「実利主義」として資本家的イデオロギーに取り込まれていったのだと思う。

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