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2017年7月 3日 (月)

都議選の結果に思うこと

 マスコミでは昨日の都議選の結果がトップニュースになっており、海外でもニュースになっている。自民党が公明党と袂を分かち劣勢となり、小池知事の「都民ファースト」が公明党や一部保守勢力を取り込み、民進党や共産党などの野党グループからも一部支持を得て圧勝した。

 フランスでマクロンが大統領選に勝って、その後国選で自らが属していた「前進」を「共和国前進」として保守や左派政党の一部を取り込みながら再編成し圧勝したのと似ている。
 これらの選挙の特徴は一見「革命」のように見えるが実は単なる「雰囲気」と「流れ」ではないだろうか?いまの政治はほとんどこれに支配されているといってもよいような気がする。
 マスコミやインターネットを通じて話題となったニュースがたちまち拡散し、そうした話題で「炎上」する。商業マスコミは「売れる記事」を貪欲に求めており、センセーショナルな記事が社会を騒がせて「売れる」ことを狙う。それが繰り返されてある「流れ」ができ、「雰囲気」が生まれる。人々はそれに乗っかって判断する。だからこの「流れ」と「雰囲気」が留まるとたちまち「民意」は混沌となり、やがて別の流れや雰囲気が生み出されていく。
 政治家達は巧みにこうした「流れ」や「雰囲気」を利用する。こうして自民党政権→民主党政権→自民党(安部)政権と政権が変わってきた。フランスやアメリカでもよく似た状況である。しかし、こうした「流れ」や「雰囲気」では常に必要以上の「期待」が渦巻き、やがてそれから来る「裏切り・ 落胆」が繰り返され、徐々にいらだちや過激な言動や増えていく。しかし肝心な問題はいつも取り残されたままである。 取り残され忘れられている領域に実は重大な問題が隠されており、誰もそれを取り上げない。
 ある意味これが現代の「民主主義」の最大の欠陥ともいえるのではないだろうか?「民意」といわれるものが、恣意的に生み出された「流れ」や「雰囲気」に乗った一種の流行に過ぎず(いわゆるポピュリズム)、そのため「民意」そのものがつねに深められ問題の本質やキーポイントに迫るような思考を妨げられている。だからいつも浮ついたしかし苛立って不満が爆発しそうな状態が生み出される。そして政治家はむしろそれを巧みに利用して自らの政治的権力を獲得し維持していこうとする。これが本当に民主主義といえるのか?
 小池「都民ファースト」もマクロンの「共和国前進」も似たようなもので、やがてその中身のなさがバクロされ、重要問題が取り残されたまま、無為無策や混乱で政治がかき回されることになるだろう。
 怖いのは、そうした混乱の後に必ず「強力なリーダーシップ」や「決められる政治」をカンバンとする強権的政権が支持を受け再びより強固になって登場することだ。こうしていまの「民主主義」は再び「独裁的政権」を生み出すことになる。
「民」はもっと賢くならねばいけない!

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